むしゃむしゃとトウモロコシに齧りついていたわたしは、突如、脳天を貫くような衝撃をくらった。だが、衝撃を受けたのは頭部ではなく奥歯——そう、ついにわたしの奥歯は粉々に破壊されたのである。
思い返せば3月8日の夜、敏腕シェフの手料理に舌鼓を打つわたしは、それまで続けてきた食事制限ダイエットのことなどすっかり忘れていた。そんなことよりも、久々にお目にかかった「極上の料理」を前に理性を保つことができなくなり、無心で咀嚼を繰り返したのである。
そんな幸せの最中に、ゴキッという不気味かつ不快な破壊音と激痛が走った——右上6番目の奥歯を、歯根破折したのだ。
だが、過去にも何度か歯根破折の経験があるわたしは、瞬間的に状況を把握し冷静に食事を続けた。なぜなら、割れた歯を憂いでも元には戻らないわけで、それよりも今は「目の前のご馳走をいかにたくさん胃袋へ流し込めるか」のほうが重要だと判断したからだ。
折れり割れたりした歯は、もう二度とくっつくことはない。手足の骨折のように時間と共に修復されればいいのだが、骨の中に血管が通っていない歯は自己修復機能を備えておらず、おまけに永久歯であれば生え変わることもないため、人工歯以外に選択肢はない。
そんなわけで、「天然歯による咀嚼こそ、健康の証!」というのがモットーのわたしたは、表面は真っ二つに割れているものの、辛うじて根元までは到達していない亀裂にセメントを流し込み、その場しのぎの応急処置を施してもらった。
無論、こんなことをしたところで明日にはダメになるかもしれない。だが、もしかすると半年持つかもしれない・・という、未来への可能性に賭けたのだ。
あれから136日——。日々繰り返されるハードな咀嚼にも耐え忍んだ、瀕死状態のわが奥歯はついにご臨終となった。
とはいえ、彼女(彼?)の最期は幸せなものだった。採れたての甘いトウモロコシをモリモリと頬張りつつ、この上ない幸せな気分に浸っていたところ、「ゴキッ」という鈍い破壊音とともに痛みが走り、静かにこの世を去ったのだから。
トウモロコシの黄色いベッドで安らかに眠る奥歯——長い間、よく頑張ってくれた。本当にありがとう。
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このような経緯から、いよいよ抜歯を行うこととなったわたし。そして、奥歯亡きあとに待ち構えているのは「インプラント治療」という選択肢。
それ以外に方法がないのだから、インプラントを受け入れることに抵抗はないのだが、いかんせん治療費60万円という金額に、なんとも震えが止まらないのである。
審美目的などではなく、生きるために必要な行為(咀嚼)なのだから、そこでケチってはいけないことくらい理解はしている。とはいえ、60万円という金額を聞いて簡単に「はい、そうですか」とはならないのが庶民の感覚。
要するに、インプラントを選択すれば強制的に「借金生活が始まる」ということだ。
抜歯した箇所を放置するとその周囲の歯がバランスを失い、最終的にはガチャガチャの歯並びになる。それはすなわち、咀嚼にも影響が出ることを意味する。そんな理由からも、抜歯後の空間を放置することはできないししたくはない。
ちなみに、最近ではCAD/CAMブリッジや接着ブリッジなど、デジタル技術の普及や材料の進化により”ブリッジ治療”が飛躍的に成長している。だが、「奥歯」という性質上強く噛むことを鑑みると、一本の歯として独立していないブリッジでは寿命が短くなる不安は拭えない。
そうなるとやはり、インプラント一択すなわち借金生活のスタートなのだ。
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二度と戻らない相棒(奥歯)を失うショックと引き換えに、借金生活を強いられるという二重苦に耐えなければならないわたしは、どれほど前世の業が深かったのかを考えさせられるのであった。










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