領域展開

 

ヒトは見た目が重要・・というか、見た目で得をすることが多い生き物である。

実際のところ、美男美女というのはそれだけで得をしている。その証拠に、親しくなれば性格やパーソナリティなど内面的な要素でその人が左右されるが、たとえば街中ですれ違ったり電車内で居合わせたりする程度であれば、顔立ちが整っているというだけで好印象を抱かれる。

殊に「美人」が好物なわたしは、見た目のいい男女を観察するのが趣味であるため、その時点でもうすでに差別がスタートしているのだが、よくよく考えてみると、美女からは程遠いこのわたしにも、得をしている「身体的特徴」があることに気が付いた。

 

梅雨真っただ中の現在、雨や高湿には鬱陶しさを感じるものの、気温だけでみるとタンクトップやキャミソールでも十分過ごせる時期となった。そんなわけで、最低限の寒さに対応するべく、タンクトップの上にカーディガンを羽織った服装で外出することの多いわたしは、遅刻ギリギリで電車に乗り込むと上着を脱ぐのがルーティンと化していた。

とはいえ汗だくになっているわけではないので、わざわざ脱がなくてもいいといえばそのとおりなのだが、カーディガンを脱げばより快適になれるのに、それを我慢する理由はない。そのため、ホームで電車を待つ間にいそいそと脱皮をし、露出の高い状態へと変身するのであった。

 

正直なところ、鏡で自分を見る機会の少ないわたしは、己がどのような格好をしているのか・・いや、他人からどのように見られているのかを知らない。だがここ最近、わたしが人混みに突入すると明らかに視線を感じるわけで、それはこの露出の高さに由来するものだと思っていた。

(セクシーすぎるのかな・・)

はち切れんばかりの豊満なバストに絹のような滑らかで美しい肌——そんな美女ならば人々の眼差しを集めるのも理解できるが、お世辞にもそういった要素を欠片も持ち合わせていないわたしは、自分がなぜ二度見されるのかが分からなかった。

 

さらに、混雑した空間を進む際には「胸から先に」という方法を採用しているため、それはもう堂々と胸を張って「巨乳さまのお通りだ!」と言わんばかりに、ドーンと胸を突き出して歩くのだ。

そうすると男性陣はこぞって避けてくれる。これはおそらく、痴漢の冤罪を免れるためにも「とにかく触れないようにしよう」という心理が働いた結果だろう。そんな”オンナの特権”を行使しつつ、わたしは人混みを闊歩するのであった。

 

だが最近、初対面の女性から衝撃の一言を告げられたわたしは、ひょっとするとセクシーとは違う路線で注目を集めているのではないか・・という疑念を抱くようになった。その一言とは、

「胸のあたりが北斗の拳のヒトみたいで、すごいです!」

というものだった。北斗の拳のヒトって、まさかケンシロウのことだろうか——? ユリアやマミヤ、リンなど女性キャラクターも登場するが、「胸のあたり」と限定されていることと、「北斗の拳」というアニメが特定されていることを鑑みると、おそらくその”ヒト”は女性キャラではなく男性のほうだろう。

 

そして残念ながら、過去にも何度か「北斗の拳みたい」と言われた経験があるわたしは、オンナであるにもかかわらず・・いや、性別というより筋トレなど一切やっていないにもかかわらず、なぜか発達した胸筋から左右へ伸びる線状のスジ——いわゆる、胸筋の象徴的なシルエットを身に着けていた。

(ということは、オトコどもがイヤらしい目でわたしを見ている・・と思っていたのは、露出の高い服装により強調されたバストではなく、胸筋のほうだったのか?!)

 

そんなことを考えながらジムのドアを開けると、その場でストレッチをしていたオトコたちが一斉にこちらへ振り向いた。そして、またしても欲情のまなざしを察知したわたしは、

「イヤらしい目で見てんじゃねーよ」

と注意を促した。すると彼らは一斉に、

「いやいや、筋肉が!!」

と、申し合わせたかのように反論するではないか。

 

要するに、わたしがセクシーだから道が開いたわけでも熱い視線を集めたわけでもなく、胸や腕の筋肉が立派なせいで二度見されたり避けられたりした・・というのだろうか。

まぁ理由はどうあれ、わたしの身体的特徴により人混みにおいて得をしていることに変わりはない。よって、美人には生まれなかったが、自分の周囲に若干の空間ができるという特技・・ん? これって、五条悟の特技である領域展開「無量空処(むりょうくうしょ)」と同じなんじゃ——。