トンネルを抜けると雪国・・ならぬ「扉を開けると木壁」の罠

 

国境(くにざかい)の長いトンネルを抜けると雪国であった——そう、川端康成著「雪国」の冒頭を彷彿とさせるような、あまりにドラマチック(?)な光景に直面したわたしは、思わず絶句した。

どんな状況だったのかを”雪国風”に例えると、「出入口の分厚いドアを開けると木壁であった」——まるでギャグのような、なんとも斬新なシチュエーションに遭遇したのである。

(しかしなぜ、ホールの出入口となるドアを開けたら、目の前が壁なんだ・・)

 

楽器の演奏が行われる会場は、エントランスのドアが二重になっていることが多い。その理由は、言うまでもなく外部への音漏れ防止対策であり、大きな会場では両ドアの間にエレベーターくらいの広い空間が確保されているが、狭い会場ではドアとドアがかなり近い位置に設置されており、外と内とで互い違いに開く仕組みになっている場合が多い。

なぜ互い違いに開かせるのかというと、同じサイドのドアを一気に開ければその瞬間、会場内の音が一気に漏れ出てしまうからだ。それを防止するためにも、外ドアが右側で内ドアが左側・・というように設定しておけば、少なくともダイレクトな音の流出は防げるというわけだ。

 

そしてわたしは、今回もそういうことなのだと思っていた。

二重扉の外ドアを引き開けた途端、目の前に現れた立派な木材の板は「二枚目にあたる内側のドア」なのだと当然ながら考えたのだが、不思議なことにその立派な一枚板には、ドアノブというかドアを開閉するための「取っ手」が見当たらない——ん、どういうことだ??

不審に思ったわたしは、板の左右を隅々まで確認した。すると、外ドアを開いただけでは視認できない深い位置に、長さ1メートルほどのバーハンドルが付いていることを発見したのだ。

(なるほど・・外ドアは右側しか開かないようにしておいて、内ドアはスライド式の引き戸にすることで、少しでも出入口の開放を阻止しようということか)

 

腑に落ちたわたしは、ドアの奥へ手を突っ込むとバーハンドルに指を掛けて右側へと引っ張った——あれ?? ビクともしない。

この狭い空間で、目の前の板に取り付けられた棒状の長い取っ手(イメージとしては、バリアフリートイレや診察室の入り口で使われているアレ)とくれば、誰がどう見てもスライド式の引き戸である。仮に、引き戸ではなく「開き戸」だとしても、外ドアの左側がロックされているためこちらへ引いて開けることは不可能。しかも、外ドアと内ドアのわすかな隙間へ手を突っ込み、その奥にあるバーハンドルに触れるのが精いっぱいという状況で、それを掴んで向こう側へ押し開けるというのは些(いささ)か考えにくい。要するに、物理的に見てこのドアは・・この一枚板がドアだとすれば、これは引き戸以外にあり得ないのだ。

 

改めてそう確信すると、わたしは再び力を込めてバーハンドルを右側へと引っ張った。体勢は悪いが、全体重を乗せて渾身の力でドアを滑らせようと、思い切り踏ん張った。

なぜそこまでするのかというと、会場内では今まさにピアノ演奏が終わったところで、間もなく次の奏者がステージへ登場するという、わずかな入れ替わり時間が「今」なのだ。さらに演奏中の出入りは禁止されているため、このチャンスを逃すと次は7分後・・いや、10分後となるわけで、なにがなんでもここで会場内へ侵入しなければならない。

そんな”一秒を争う緊急事態”であるにもかかわらず、目の前のドアだか壁だかわからない一枚板は、どういうことかピクリとも動かないのである。

 

(これはマズい・・ 他に出入口はなさそうだし、わたしはこのまま入れず仕舞いに終わるのか!?)

 

——とその瞬間、わたしの体がいきなり前へとずっこけた。なんと、一枚板が向こうから引き開けられたのだ。おそらく、微妙にガタガタと振動するドアを不審に思った客の一人が、そっとドアを開けてくれたのだ。

しかも、結果としてはなんてことはない開き戸タイプで、とはいえサイズ感がおかしい点(開き戸にしては面がデカすぎるので、どこをどう見ても引き戸なのだ)は否めないが、こちら側から押し開ける形で会場内へと繋がることができたのだ。

 

(いやいや、さすがにこのドアは罠だろ・・)

こうして、つんのめるようにして会場内になだれ込んだわたしは、冷ややかな視線を浴びつつも無事に着席を果たしたのである。

 

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