新宿・kokeMoMo(コケモモ)ストーリー

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ヒトの魅力というのは、意外さを含む二面性にあるのではないかと思う。もちろん、見たまんまの人格が魅力であることも間違いない。

髪の毛にキューティクルを光らせたお嬢様風の女性が、現に生粋のお嬢様であれば誇らしい気持ちになるわけで、そこは是非とも裏切らないでもらいたいところ。

だが裏の顔というか、自分が知っているその人とは別の側面を見せられたとき、それはそれで新たな魅力として記憶に刻まれるものである。

 

 

趣味のコミュニティーで出会った友人というのは、そちらが表の顔で仕事が裏の顔となる。たとえばブラジリアン柔術ならば、

「あぁ、どこどこジムの紫帯の人ね」

という感じに、コミュニティーでのポジションがその人の表の顔となる。そういう意味で考えると、ほとんどの人が驚くべき仕事であったり職歴であったりするから面白い。

 

なかでも私は、何かを作る仕事に就く人を尊敬する傾向にある。大工や左官、洋裁、音楽、ステンドグラスなどなど、何かを生み出す仕事は素晴らしい。そして身近なところでは、料理人が称賛に値する。

 

「はじめまして、コケモモのイノウエと申します」

そんな爽やかな挨拶を交わしてくれたのは、モモ肉専門店「kokeMoMo(コケモモ)」の店長であるしんちゃん。

(コケモモってなんだ?)

よくわからないが響きはいい。おかげで、人や店の名前をまったく記憶しない私の脳裏にも、きちんと焼き付いたわけで。

そして本日、晴れて「コケモモ」のドアを開けることとなったのである。

 

「コケモモは植物の名前です。うちはモモ肉の店だからコケモモでいっか…という流れですね」

どうやら「店名は植物の名前にしよう」というところから、モモつながりでコケモモになったらしい。

本家のコケモモ(苔桃)は別名リンゴベリーと言って、北米や北欧に自生するツツジ科の樹木。低い位置で枝葉を密集させて広がっていくことから「苔桃」と呼ばれるようになったのだそう。

 

「ちなみに、店に苔桃を置こうとしたら花屋さんに『すぐに枯れるからやめろ』って言われました。寒いところでしか育たないみたいで」

・・・それは残念な話である。

 

新宿駅からダッシュで3分、新宿三丁目駅から歩いて1分の場所にあるコケモモは、

「わぁ、オシャレな店だから入ってみよう!」

とは、決してならない場所にある。雑居ビルの4階、占い師が待ち構えているかのような重厚感あふれるドアを押し開けると、その先にはしんちゃんの笑顔が待っている――。という仕組みの店である。

カウンターとテーブル席が用意された狭い店内は、思いのほか小綺麗にまとめ上げられており、まさに「穴場」と呼ぶにふさわしい様相を呈している。しんちゃんも余計な口を挟まないようにするので、ぜひともデートで利用してもらいたい。

 

「とくにメニューはないので、およその予算を教えてもらえれば」

そう、この店の特徴はメニューが存在しないところにある。しんちゃんの気分次第、いや、仕込み次第でその日の料理が決まるのだ。無論、食べさせてもらえるのならば何でもウェルカムの私は、金額すらもおまかせでオーソドックスなモモ肉料理を並べてもらうことにした。

 

料理ができるまでの間、コケモモオープンに至る馴れ初めを聞かせてもらいたい、と懇願する。新宿の一等地に、狭いとはいえ立派な店を構えたわけで、それはそれは波乱万丈なエピソードが待っているはず。

「前職は商社に勤めていて、30歳で辞めてコケモモ始めました」

いや、そんなあっさりとした経歴のはずがない。

「料理経験はありません。あ、でもお酒は得意なので、新卒の頃からよく飲み歩いてましたけどね」

いやいや、だからそんなふざけた話は聞いていない。

私自身が料理を作らないにせよ、私の目は節穴ではない。野菜たちの繊細な歯ごたえとフルーツとのコラボが意外性を生み出す前菜にしても、まったく嫌味のないレア加減のトモサンカクとマルカワのステーキにしても、はたまた、マスタードを練り込んだ自家製パンでサンドしたメンチカツにしても、お花畑のようにカラフルな野菜が散りばめられたイチボのローストビーフにしても、商社出身のシロートが作れる代物ではないからだ。

 

ということは、料理が得意だったとか?

「んー。特技といえば、歩道橋の見積もりができることですかね。建設系の資材を扱う商社にいたので」

これ以上、料理人という経歴に関するヒントは出てこないと思われるので、追及するのはやめにしよう。

 

そういえばあの人もそうだ。私と見た目(フォルム)が似ている男性がおり、彼のことを「兄さん」と呼んでいるのだが、その兄さんも同じだ。

某ハウスメーカーの支社長という職に就きながらも、裏の顔はパティシエという、見た目からは想像もつかない特技を持っている。それこそが天賦の才というやつだろう。

 

きっと、しんちゃんも同じなのだろう。必ずしも料理一筋の人間だけが店を構えられるわけではないし、努力だけでは叶わない夢もある。持って生まれた才能やセンス、そしてタイミングという名の運が交わったとき、その波に乗れた者だけに見える「未来」があるのだろう。

 

というわけで、ハチミツがたっぷりとかかったレアクリームチーズケーキをいただくと、新たな顧客の来店を機に店を出た。

 

 

小雨が降る新宿で、コケモモが入った雑居ビルを見上げながらふと思った。

(もしもあの時しんちゃんが挨拶をしてくれなかったら、私がこの店に来ることはなかったわけで、ほんと偶然の産物だよなぁ)

 

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