——か、顔が死んでいるじゃないか。
目の前にいる女性3人の顔色が、みるみる土色へと変化していった。
光を失った眼差しは、まるで死んだ魚のような目である。加えて、死を迫られた民間人が命を賭して戦場に向かうかのような様子は、ここが柔術の道場であるとは思えないほどの絶望感に包まれている。
彼女たちを言い表すならば、「勤勉」「実直」「真面目」という感じか。おまけに、街中ですれ違ってもまさか「格闘技を嗜んでいる」とは思えないほど、華奢で可愛らしい女性たちである。
そんな”素敵女子”らの顔を、代わる代わる観察していたわたしは驚いた。いったいなぜ、そこまで色艶を失うほどの恐怖に苛まれているというんだ——?
まさかの、彼女たちを死の恐怖へ追い込んだ元凶は・・わたしだった。
インストラクターによって次のスパーリング相手が指名されるのだが、本日の女性陣は4人ということで、誰か一人が必ずわたしと組むことになる。そして、わたしを指名された相手は「生贄(いけにえ)」として、その身を捧げることとなる。
そのため、命を大切にしたいと願う彼女らは「頼むから自分を指名しないでください!!!」と、心の底から祈っていたのだ。
誰一人、わたしと目を合わせようとはしない。唇を噛みしめ、血の気と表情筋を失った状態で立ち尽くす女性らは、三分の一の確率で死刑宣告を受ける囚人にしか見えない。
そして、ついに一人の女性の名前が呼ばれた。一瞬、目を潤ませ天を仰いだ彼女は、ふと我に返るとゆっくりとこちらへ向かって歩き出した。おそらく、死の覚悟を決めたであろう彼女は、それこそ戦場へ駆り出された女戦士のごとく、勇敢かつ強いオーラを放っている。
(・・っていうか、そんなに怖がられてるのかわたし?!)
死刑を免れた残りの二人は、誰が見ても明らかに顔色が良くなっていた。そして、先ほどまでの死んだ魚の目は光を取り戻し、なぜか肌艶まで復活しているではないか。
互いの手を取り、指名を免れた幸運を喜び合う二人。対する生贄となった女性は、両手で頬を叩き自らに気合を入れている——なんなんだ、この天と地ほどの差は。
しかしながら、5分のスパーリング・・いや、サバイバルが終わると生贄の顔はパッと明るくなった。その表情からは「やった、生き残れた!!」という心の声が漏れている。そして、最後まで抗い力の限りを尽くした証である汗を拭いながら、二人の女性の元へと帰っていく彼女の表情は、なんとも爽やかで晴ればれしていた。
とはいえ、スパーリングはまだ続く。さて、次は誰が生贄に選ばれるのか——なにっ!?
三人の女性へと目をやったわたしは、その光景に思わず声が出た。なんと、三人が三人とも揃いに揃って座っているではないか!!
どういうことかというと、座っている場合は「パス(次のスパーは休みに)します」という意思表示であり、それすなわち「次の生贄は、私たちではない」という確実な防衛策を選択をしたのだ。
ややもするとはにかんだ笑顔で、肩を寄せ合い談笑をする彼女たち。その姿は、あたかも空爆を免れ安堵する民間人のよう。
そんな彼女たちによる退避行動の結果、わたしの相手はインストラクター(男性)となった。今度はわたしが追い込まれる立場になるというわけか——。
*
以上が、とある日のスパーリングの光景である。











コメントを残す