所用で高輪警察署を訪れたわたしは、帰り際にパンを購入した。
もはや「高輪警察署といえば、ブーランジェリー・セイジアサクラ(BOULANGERIE SEIJI ASAKURA)」というくらい、どちらがメインか分からないほど・・いや、明らかにセイジアサクラがメインだと断言できるほど、ここのパンは美味い。
この世を生き抜くうえで、辛いことや悲しいこと苦しいことや面倒なことなど、避けては通れない様々な体験を強要されるわけだが、そんな時でも「一杯の美味いコーヒー」があれば、わたしはそれだけで幸せになれる。
そして、コーヒーに加えて美味いパンを口にすることができたならば、それこそ嫌なこともすべて吹っ飛んでしまうほど絶好調になるのだ。
そんな単純かつ安価で幸せになれるわたしは、セイジアサクラの店内に踏み込むと、すぐさまフォカッチャとパンドミに手(トング)を伸ばした。さらに、最近食べられるようになった豆パンやあんぱん、そして忘れてはならないクロワッサン系を物色すると、いそいそと岐路に就いた。
(・・さぁ、ここからが幸せの時間だ!!)
パンというものは、室内にこもってモグモグやるものではない。晴れていようが曇っていようが、お天道様の下で風の流れを感じながら、人目も憚らずにガツガツいくのが正しい食べ方である。
これはパンに限った話ではない。バーベキューしかり遠足のおにぎりしかり、どんな食べ物でも室内で小さく丁寧に食べるより、屋外の広々とした環境で空気の匂いを感じながらワイルドにがっつくほうが、どう考えても美味いに決まっている。
そんな”食についてのポリシー”を持つわたしは、高輪から白金へと続く高級住宅街を、セイジアサクラのパンにかぶりつきながら闊歩した。
時には、すれ違う犬や子どもが羨ましそうな目でこちらを見ており、母親から「見ちゃダメ!」と叱られた子どもが、後ろ髪を引かれながら連れていかれるなど、溢れ出るパンの魅力は甚大——これは、気配を消して歩いたほうがいいな。
ただでさえなぜか目立つ性質のわたしが、追加で美味そうなパンを頬張っていれば、それだけで余計に目立つのは想像に難くない。だからといって、このパンをあきらめることもできない。となれば、自身の気配を極力消すしかない。
そう考えたわたしは、うつむき加減で歩幅を小さくしつつ、控え目にパンを齧ることにした。本当は、堂々と胸を張って大きく口を開けつつ食い千切る・・というワイルドな咀嚼を敢行したかったが、ここで変に注目を浴びるのも得策ではない。よって、ここはパンを優先して食べ方は二の次としたわけだ。
そんなわたしにまさかの声がかかった。
「ねえさん、お久しぶりです!」
声のするほうを見ると、そこには二年ぶりくらいだろうか、久々に顔を合わせた知人の姿が。だがその瞬間、わたしは懐かしさを覚えると同時に疑問を抱いた。
彼は自転車を漕いでおり、ある程度のスピードが出ているにもかかわらず、気配を消して歩いているわたしの存在になぜ気付いたのだろうか。おまけに、わたしの服装は全身ユニクロでまったく目立たないコーディネートであり、数年ぶりの再会につながるような目立つ要素は皆無。それなのに、なぜ発見されたのだろうか——。
無論、わたしに気付いて声をかけてくれたことはとても嬉しかった。だが、あえて目立たないように歩いていたわたしに、しかも、パンをくわえながら歩くというあまり見られたくない行動の最中、よくぞ発見したものだ・・という驚きは隠せない。
(彼が人を見つけやすい目を持っているのだろうか。はたまた、わたしが見つかりやすいオーラを放っているのだろうか。おそらくその両方なのだろう・・)
少しだけ立ち話をした後に再びパンに齧りつくと、そそくさと家路を急ぐわたしなのであった。










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