動かぬなら、意地でも動かしてやろう、我が指よ

 

残念なことに、我が左手の人差し指と中指は主(あるじ)の思うようには動いてくれない。

こうなってしまった原因は、柔術の練習で日々指を酷使していること——殊に、当該2本は脱臼やら骨折やら靭帯損傷やらを経験していることが影響しているが、まるで昭和のロボットのようなぎこちない動きしかできない指を見るたびに、「いつかきっと、滑らかに動くようになる」などという舐めた希望を抱くことすらできないほど、現実的な絶望に襲われるのだ。

だがこれは指関節が抱える根本的な問題であり、リハビリ次第でどうにかなるものでもない。もちろん、ある程度の改善は可能だが、こちらが思い描くような動きや音——そう、ピアノを弾く際に足を引っ張るのがこの2本の指であり、「出したい音」どころか、とにかくちゃんと動いてくれることだけを願いながら、必死に鍵盤を叩いているのである。

 

ちなみに、パソコンのキーボードを操作するときも同じで、人差し指と中指を使う時だけ無意識に余計な力が入るため、その瞬間はタイピングの速度が遅れたり強く打ちつけてしまったり、もの凄く不快な思いをする。

まぁ、それでも文字入力が正しくできれば問題はないので、タイピングに関してはあまり気にせず過ごしているのだが、ピアノに関してはそうもいかない。いかんせん、譜面どおりに弾けた上で曲の表情をつけていくのだが、わたしの場合はいつまで経っても「譜面どおりの音」が出せないので、その先で待つ表情やら景色やらへはたどり着くことができない——要するに、一生思い描いた演奏は出来ないということか。

 

それでも不思議なもので、指を使うのではなく体・・というより気持ちが前に出る感じだろうか。体内からデカい何かを絞り出すような感覚で、左手の人差し指と中指を強引に動かす「術」を身に着けたわたし。

無論、できたりできなかったりの繰り返しではあるが、一度できたならばこの先も必ずできるわけで、その頻度を上げていけばいつか毎回できるようになるだろう——そんな果てしなく遠い未来を夢見ながら、「もっといい動かし方はないだろうか」と、日々裏ワザの研究に精を出していた。

 

そんな中、多くのピアニストが発信している”とある事実”を体感したのは、つい最近のことだった。それは「指は縦の動かすもの」と「指の付け根は思っている以上に手のひらの真ん中あたりにある」というもの。

アルペジオなど横の動きが多いとき、ついつい指を広げて右へ左へ動かしたくなるのだが、実際のところ指は下に向かって動かすものであり、横の動きは腕なり手首なり体なりが担うもの。その連携がスムーズにいくと、滑らかなアルペジオが完成する。

しかしながら、頭では理解できても鍵盤を前にすると無意識に指を開いて縦も横も指だけでまかなおうとする欲深きわたしは、とにかく鍵盤をひっかくようにして縦の動きだけを指に叩き込んだ。それから徐々に、腕を左右に動かして——UFOキャッチャーなどクレーンゲームのアームを動かすイメージで、縦と横の動きを合体させていった。

(あ、少し楽に弾けるようになった・・)

 

さらに、指先の意識が強いと指自体に力が入ってしまい、スムーズな動きを阻害するため、指関節の根元にあたる第三関節(MP関節)から動かすイメージを持ってみた。

この「指の根元」というのが意外と勘違いされており、いわゆる拳の骨のあたりが根元だと思っている者が多いが、実際にはもう少し手首寄り・・手のひら側で見ると分かりやすいが、感情線や頭脳線のあたりがMP関節と中手骨のつなぎ目なのだ。

そして、ここから指を動かす意識でやってみると・・あら不思議!? 指先の力みが消えて、余計な硬さがとれたではないか。

 

人間の体というのは怪我や加齢によって不具合が生じるものではあるが、それでも使い方を改めたり意識を変えたりすることで、あたかもちゃんと使えるかのように補うことができる。

それを続けるうちに、いつしかそこに神経が生えて脳からの指令が伝わるようになる——そんな未来を信じて、今日もせっせと左手を動かすのであった。