解放までの道程

 

(・・ま、まずい)

わたしは焦った。このままでは大変なことになる——そうなる未来しか見えないし、事実そうなるであろう状況に焦りを隠せなかった。だが今、楽し気に笑う友人との会話に水を差すようなことはしたくない。かといって、このままではもうじき彼女はここを発ってしまうだろうし、そうなればわたし一人が残されることになる。そんなことになれば、それこそなすすべ無し——まずい、それだけは避けなければ。

 

ハワイ在住の米国人男性と結婚をした友人が今夏の予定を楽し気に話してくれるのだが、そんな魅力的な話題も灰色にかすむほどの右肩の鈍痛と左肘の激痛に耐えながら、わたしはラッシュガードを脱ごうともじもじ体をくねらせていた。

(なぜ今日に限って、よりによってピタピタの半袖のラッシュガードを着てきてしまったのだろうか・・)

普段ならば、タンクトップやノースリーブのラッシュガードを着用するのだが、偶然にも今日は半袖タイプを選んだわたし。特に理由があったわけではないが「たまにはこれも着てみよう」くらいの軽いノリだった。そして、適当に手に取ったそれはXSサイズのラッシュガードで、なぜか伸縮しない素材だったのだ。

 

ちなみに、なぜ中肉中背のわたしがXSサイズを選んだのかというと、同じブランドのタンクトップはすぐに生地が伸びてしまったため、「だったら最初から小さい目を選べば、伸びた時にちょうどいいんじゃないか」ということで、最も小さなサイズをあえて購入した経緯がある。

ところがこのラッシュガード、よりによってあまり伸び縮みしない素材で出来ている上に、タンクトップのように肩や二の腕が開放されていない分、そこで生地を取られてしまいさらに窮屈な状態を生み出すという最悪のフィット感。だが、買ってしまったものは仕方がない、ボチボチ着続けて「破れたり伸びたりしたら捨てよう」と考えていたわけだ。

 

そして今、わたしは右肩を負傷しているため衣服の着脱に配慮が必要な状況にある。ところが運悪く、今朝の練習で逆側の腕である左肘まで痛めてしまったことで、もはや一人ではシャツを脱ぐことができなくなっていた。

いや、まだこれがゆったりとしたニットやTシャツならば話は別だ。多少なりとも生地が伸びてくれるなら、それにあやかってどうにか着脱できるだろう。ところが今日は、よりによってピタピタかつ非伸縮性の半袖ラッシュガードを着ているため、右肩は上がらず左肘が曲がらないわたしにとって、自発的にこれを脱ぐことは不可能。

要するに、目の前で会話をしている友人に脱がせてもらう以外に、このラッシュガードを我が身から剝ぎ取る方法は皆無・・という状況なのだ。

 

だが今は、練習後ということで当然ながら汗まみれでビショビショに濡れている。そんな使用済みのラッシュガードを、着替え終わってもうそろそろこの場を立ち去ろうとしている清潔な彼女の手で剥がしてもらうのは、さすがに躊躇してしまう。

しかしながら、このチャンスを逃したらわたしはラッシュガードを脱ぐことが出来ないまま一生を終えることに・・それだけは勘弁願いたい。そこで、意を決したわたしは彼女に助けを求め、それを快諾した彼女はすぐさま脱がしにかかったのだが、ここでまた新たな事態が生じた。そう、汗で必要以上に密着している上に、肩や腕そして頭が抜けないくらいキツキツになっていたのだ。

 

「ちょっとなにこれ、どうなってるの?!」

右肩と左肘が痛い!と喚(わめ)くわたしをあやしながら、どうにかして上半身からラッシュガードを剥ぎ取ろうと苦戦する友人だが、いかんせんサイズが小さすぎる上に汗による摩擦が邪魔をしてスムーズにはいかない。

おまけに、首の輪っかの「径」とわたしの頭部のサイズとが物理的に合っていない——すなわち、あきらかに小さな内径に無理やり頭を突っ込んだため、アゴや鼻に引っかかって抜けないのだ。それはまるで、散歩を嫌がる飼い犬が首輪を引っ張られるも、後ずさりして必死に抵抗する姿にしか見えなかった。

 

それにしても彼女は、どんな気持ちで汗まみれのラッシュガードを剥ぎ取っていたのだろうか。自身はすでに身を清め、早くこの場を立ち去りたかったにもかかわらず、まさかの足止めを喰らった挙句にこんな汚物処理を頼まれるとは。

おまけに、そもそもサイズが小さいこととわたしが筋肉質であることから、肩と腕でラッシュガードが止まってしまうというハードルを突破した先に、明らかに小さな内径と明らかにデカい頭部という最難関が待ち構えており、先に両腕を抜くことができない状況からも、同時かつ慎重に三つの輪っかを抜かなければならないという、まさかの配慮とテクニックを要求されるとは——。

 

それから数分後、わたしは無事に解放された。

改めて思うが、今日ほど友人の存在に感謝したことはない。彼女がいなければ、わたしはスポブラとラッシュガードを着用したままシャワーを浴びて、生乾きの状態のまま生活を続けなければならなかったのだから。

 

そしてわたしは、「もう二度と、窮屈な半袖のラッシュガードは着ない」と誓うのであった。