お茶会の前日から、もうすでに客の作法とマナー」という緊張と重圧に押しつぶされそうになっていたわたしだが、いざ本番を迎えると「こうなったら、出たとこ勝負だ!」と、むしろ投げやりな気持ちに変わっていった。
いかんせん、数カ月前までのわたしは「あんこ」を食べることができなかった。それが、ぽっこりお腹(病院を受診した結果、すべて筋肉だったわけだが)を危惧して始めた、アプリを使ったレコーディングダイエットのおかげで、チョコやケーキの代わりに和菓子すなわちあんこを口にするようになり、最終的にはあんこを食べ物と認識するに至ったのだ。
そして、わたしがあんこを食べられるようになったことがきっかけで、今回のお茶会に招待された経緯もあり、まさにギリギリのグッドタイミング。であれば、最低限の作法を武器に「お茶会という戦場」を楽しまなくては、もったいないじゃないか——。
というわけで、畳に正座でいただく通常のお点前を2回と立礼(椅子に座って行われるお点前)を1回、合計3回の戦いに挑んだ一兵卒のわたしは、まさかの「戦友」を手に入れることとなったのである。
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裏千家流の”完璧な土下座”を手に入れたわたしは、ガタイの良さも相まってどこか素人離れした雰囲気を醸し出していた。「お茶会初心者、かつ、師匠はYouTube」というふざけた出自ではあるが、謎に堂々としている姿は周囲からするとある種の脅威に感じられたのかもしれない。
そんなわたしは、二回目のお点前で出されたお菓子の「かるかん饅頭」について、予習したとおりに「菓子器から懐紙へ移し、それを持ち上げて黒文字(太い爪楊枝)でひと口サイズに切り分けて・・」と、まごつくことなく粛々と進めていった。
(・・ん、美味い!!)
かるかん(軽羹)とは、自然薯(山芋)と米粉で作られた生地にこしあんが練り込まれた上品な和菓子のこと。もっちりとした食感とふんわり滑らかな舌触り、そして圧倒的な白さが際立つ美しい見た目は、お殿様への献上品としての役割を果たすなど格式高い歴史を持つ。
そんな、かるかんの生地の中にあんこが入った饅頭こそが、かるかん饅頭である。
数カ月前までのわたしならば、かるかんの皮を剥ぎとりあんことの接地面をかるく洗ってから食べる・・という、非常に無礼な食べ方をしていたわけだが、あんこを克服した今はその必要はない。生地とあんこをしっかりと噛みしめながら、かるかん饅頭を楽しむことができるようになったのだ。
そして、今回出されたかるかん饅頭は驚くほど美味かった。そもそも、まともにあんこ入りの饅頭を食べた経験がないので、もしかするとどれもこのくらいのお味なのかもしれないが、山芋と米粉で作られた皮がとにかく美味!!
と、そこでわたしは考えた。
(かるかんは、このもっちりとした生地がウリのはず。それなのに、一口サイズに小分けにしていたのでは、かるかんを満喫することはできないし、むしろかるかんに失礼ではないか?)
そう確信したわたしは、つまんでいた黒文字楊枝をそっと手放すと、おもむろにかるかん饅頭をつまみ上げ口へと運んだ——うん、やっぱりダイレクトにかぶりつかないと、かるかんの良さは享受できない!
咀嚼するのに十分なサイズのかるかん饅頭を口に含んだわたしは、モグモグとそのお味を楽しんだ。すると、そんな様子をうかがっていた上座の客が、小声でこう尋ねてきた。
「あの・・これって手で食べてもいいんでしょうか?」
そこでわたしは、ニヤリとほくそ笑みながら「手で食べていいよ、これすごく美味いから!」と、亭主でもお正客でも和菓子職人でもないにもかかわらず、しかもYouTubeで学んだ知識しか持ち合わせていないド素人の一兵卒の分際で、少なくともわたしよりはお茶会の経験があるであろう者に対して、偉そうに助言をしてやったのだ。
すると、我々が饅頭を手でつまんで食べる姿を横目で見ていた隣の客が、慌てて黒文字を置くと我々同様に手でつまんで食べ始めた。それを見たさらに隣の客も、つられるように直に手で食べ始めて——結局、わたしより上座にいる者たちは、わたしがかるかん饅頭を手で食べ始めたのを合図に、皆が楊枝を放棄して手でつまむようになったのである。
その光景は、まるで武器を捨た兵士たちが手を取り合い、平和へと向かって前進する姿に見えた。あぁ、これこそが世界平和の一端を担うということなんじゃ・・・。
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茶室を出たわたしは、にわかに人気者となった。
「次の席も隣に座りたいです」「お饅頭って、手で食べてよかったんですね」などなど、どう考えてもわたしよりお茶会の先輩であろう同士たちが、ちやほやと話しかけてくるではないか。
(そのうち、あのクラウチングスタート姿もデフォルトになるのかな・・)
お茶会の途中で足がしびれたわたしは、両手でこぶしを握ると畳に押し付け、クラウチングスタートのような姿勢で腰を浮かせて血流を促したのだが、そのような不審な動きをする者は当然ながらいなかった。
だが、謎に自信満々なオーラを放ち、完璧な土下座を披露するガタイのいい客がやる分には、おそらく誰も違和感を抱かないのかもしれない。
無論、それが「推奨すべき行為」だとは思わないが、やむにやまれぬ事情から生まれる動作について、他人からとやかく言われる筋合いはない。
むしろ、無理に我慢をしたあげく卒倒でもすれば、それこそ場を乱すだけでなく、亭主のおもてなしを台無しに——であれば、自己管理くらい責任を持って行うのが、最低限のマナーというか常識だろう。
・・さて、次回のお茶会はいつになるやら。Amazonで購入した6足の白い靴下の出番が、今からもう待ち遠しいのである。











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