進むも地獄退くも地獄・・いや、進んだ先に天国はあるが、今行かなくてもいいのでは

 

たとえば、高校生活のすべてを野球に賭けてきた男子がいるとしよう。彼は、野球を始めた頃からの憧れである甲子園へのチケットを手に入れた。とはいえスタメンではない彼にとって、甲子園での活躍はよほどのことがない限り「夢」で終わるだろう。

そもそも、中学時代の活躍が光り強豪校と呼ばれる現在の高校へ推薦で入った彼だが、全国から集められたエリート集団の中でトップを維持することは至難の業。それでも腐らず練習を続けた結果、どうにかベンチ入りを果たすことができたのである。

 

そして、地区予選を突破し強豪ひしめく県大会を制し、やっとの思いで漕ぎつけた聖地・甲子園球場——試合は2点ビハインドで迎えた9回裏、1アウト1・2塁という逆転勝利が見えて来た場面で、これまでずっとベンチを温め続けた彼に監督から声がかかった。

「確実に進塁させろ」

小・中学校時代はエースで4番、ホームランを放つことこそが彼の持ち味であり野球の醍醐味だと思っていた。そして今、満員のアルプススタンドには、夜行バスで駆けつけた家族や親戚らが見守ってくれている。幼いころから彼を支え続けた応援団のメンバーは、彼の活躍を・・特大ホームランを期待しているのだ。

それなのに、送りバントで済ませるのか——?

 

とはいえ、チームの勝利には進塁させることが必須であり、無論ヒットが打てれば問題ないが、この局面でそんな奇跡を確約できるはずもない。であれば、自分は塁に出られなくても、仲間を進めることで勝利に近づくことが絶対条件となる。

だが、これまでの野球人生を振り返ると、両親の前で最後に一旗揚げたい気持ちが抑えられない。自分の活躍を期待して、仕事を休んでまで駆けつけてくれたみんなのために——。

 

 

たとえば、男子プロゴルファー最終戦である「日本シリーズJTカップ」に参戦しているプロゴルファーがいるとしよう。獲得賞金上位者のみが出場できるこの試合、一発逆転を狙う選手もいれば無難に上位を守りたい選手もいる中、賞金戦線トップを走る彼にとっては、いつも通りのプレーができれば十分に逃げ切り可能な状況であった。

ところが彼は、「なぜ今?!」と驚き呆れられるかもしれないが、ここへきてまさかの”スイング改造”に着手してしまったのだ。正確には「より正しいスイングを発見してしまった」という感じで、彼の持ち味である「飛距離は出ないが堅実にフェアウェイを外さないショット」に加えて、さらに飛距離が出せるスイングのコツを掴んでしまったのだ。

 

とはいえ、そんな「うまい話」が棚ぼた的に手に入るはずもない。理想通りのショットが打てることもあれば、とんでもない曲がり方——すなわち、OBやロスト必至の可能性もあるため、賞金王まであと少しというこの場面で、あえてフォームを変える必要などないのは明白。

しかしながら彼は、真実・・いや、本質から目を反らせてまで、賞金王というタイトルにしがみつきたくはなかった。今、微かにつかみかけたゴルフの真髄があるにもかかわらず、目先のカネや名声のためにそれを伏せて、小手先の技で取りつくろい優勝カップを頭上に掲げることが、プロゴルファーとして正しい在り方なのだろうか——。

 

ティーグラウンドに立った彼は自問自答した。ここで昨日までと同じショットを放てば、フェアウェイど真ん中で二打目は8番アイアン、そして2パットで堅実にパーセーブ。だが、つい先日覚醒した「正しいショット」が打てれば、二打目はPWでバーディーチャンス濃厚。

ゴルフ・・中でもプロゴルファーたるもの、求める世界はそこなのでは——?

 

 

というような状況が、今のわたしである。

ピアノ発表会を目前に控えた今、よりによって今頃、師匠から教わり続けた「ただし弾き方」の片鱗に触れることができたのだ。あぁなるほど——それは、間違いなく「ピアノという楽器はこう奏でるのが正しい」というのが、本能的に分かる弾き方だった。

これまで師匠からもらった言葉の数々が脳裏を過ぎるも、その全てが集約されているというか、どれも当てはまる弾き方なのだ。要するに、こういうことなのか——。

 

そして、この慣れない弾き方をすると、当たり前だがミスタッチをするわ楽譜は飛ぶわ、とんでもないことになるのだ。

(なにも今ここで弾き方を変える必要はない。むしろ、発表会が終わってから変えていけばいいじゃないか。だが、正しいものを目の前にして、それを無視して表面的に取りつくろうことがいいことなのか? それがわたしの求める姿なのだろうか? ——否)

 

・・そんな、恐ろしく強大な葛藤に苛まれる今日日なのであった。