間男との訣別

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あなたが本気で「痩せたい」と願うのならば、自身の歯の機能を奪えばいい——URABE(2026年)

 

かの有名な哲学者(?)がこう提唱するように、ダイエットにおける最適解は「咀嚼機能を失うこと」である。正確には、機能を失うというよりも「咀嚼時に痛みを覚えること」が重要で、どれほど眩いご馳走を並べられようが、「噛むと痛いからなぁ・・」と尻込みした時点で己の勝ちとなる。

 

 

奥歯から発せられた、明らかな破砕(骨折)音と激痛に見舞われたわたしは、すぐさま近所の歯科クリニックを受診したのだが、レントゲンとCT検査の結果、臼歯が真っ二つに割れていることが確認された。それはむしろ、歯の表面画像だけでもハッキリと目視できるほどの見事な割れっぷりで、断層の割れ目は神経まで到達していた。

おそらくその先もクレバスは続いており、歯根の先端まで到達している可能性が高い。だが、幸いにも歯のぐらつきがないことから、「一本でも多く天然歯を残したい」という思いを優先し、根管治療後にセメントを流し込みクレバスを固める・・という手段を選択した。

 

そう・・目と歯は失ったら二度と再生しないにもかかわわらず、なぜかむき出しになっている哀れな器官なのだ。だからこそ、どうにかして温存したいと願うのがヒトの常というもの。

そして今回の治療後、それでも咀嚼時の痛みが改善されない可能性があることや、そもそも真っ二つ割れているのだから長くても一年・・いや、半年程度しか持たない見通しなど、やってみたが無駄に終わる=抜歯しなければならない未来が確定しているのだが、それでも「一年持ったならラッキー」という感覚で、天然歯の延命を試みるのであった。

 

まずは神経周辺の消毒をし、数回の治療を経て処置が完了する——それまでの間、瀕死状態の歯になるべく負担をかけない生活を送らなければならないわたしは、当然ながら食べ物の咀嚼は逆側(左側)のみで行うことにした。

とはいえ、多少なりとも仮詰めと食べ物が接触すれば痛みを覚えるし、左側のみで咀嚼を完遂するのは至難の業であることを知る。これがもしも、虫歯などの「単なる神経痛」であればまったく気にしなかったが、今回は「歯がパッキリと割れて歯根破折した状態」という重大なオマケつきのため、むしろ亀裂の拡大を防ぐためにも患部に負担をかけてはならない・・というナーバスなミッションとなった。

 

そのため、咀嚼という危険行為を避けるべく固形物を口にすることをやめた・・というか、余命いくばくもない器官の危機を顧みずに己の欲を貫くほど、わたしは愚かではない。少なくとも、治療を終えて被せ物を装着するまでは、右側の歯への負担は減らすべきだし、かといって左側だけにその負担を強いるのも逆に危ない。ならば、両者にとって負担軽減となる行動をとるのが、主であるわたしの役割ではなかろうか——。

などと考えていたところ、不思議なことにわたしの食欲はピタリと止んでしまった。

 

固形物を食べるということは、たとえプリンやヨーグルトのような柔らかい形状であっても咀嚼を要する。無論、最低限のエネルギー摂取は必要不可欠ではあるが、今までのように内臓脂肪を減らすだの体重を落とすだの、そういった浅はかな目的で食事制限をしていた頃が懐かしく思えるほど、もはや「なにも食べたくない」と思い始めたのだ。

食欲こそがわたしのパワーの源であり、その強欲っぷりがある種のアイデンティティーでもあったはずなのに、奥歯を失うかもしれない・・という危機に直面した途端、すべてが緊急停止したかのように食べることへの意欲を失ってしまったのである。

(あぁ、これこそがダイエットの真骨頂なのではなかろうか——)

 

今までは、どうにかして食べ物の量を増やそうと「かさ増し」に没頭してきた。たとえば、オイコス(ヨーグルト)の量を増やすために、カリフラワーライス200gと混ぜ合わせて「ヨーグルト味のカリフラワーライス」にしたり、千切りキャベツ300gと椎茸6個をレンチンしてコンパクトな主食を完成させ、そこへカレーのルーをぶっかけて食べる「満腹ヘルシーカレー」を生み出したり、とにかく量を増やしつつカロリーを抑えることだけに執念を燃やしてきた。

しかしながら、奥歯との永遠の別れを突きつけられたわたしは、あれほど必死にしがみついてきた「食欲」という名の間男と、いともあっさりお別れしたのである。

 

 

ここからが、わたしの本気ダイエットの幕開けとなるのかもしれない。

 

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