数日が経過したが、わたしの脳裏にこびりついて離れない"とある後悔"がある。まぁこうしてネタにできるのだから、さほど大きな後悔ではないのだが、それでも「なぜあの時、やらなかったんだろう・・」という燻(くすぶ)った想いが、消えることなくわたしの中に居座っているのだ。
そもそも後悔というのは、そのほとんどが小さなことだったりする。当事者にとっては「大きなこと」かもしれないが、後で振り返ると大したことではない場合がほとんど。
「あのとき・・・しておけばよかった」
このようなセリフに凝縮できるのが後悔であり、する・しない程度の選択肢なのだから、じつは大したことではないのだ。
そしてわたしは、「一秒たりとも無駄にしたくないし、一瞬たりとも後悔したくない性質(タチ)」のため、結果的に失敗したとしても己の選択に自信と誇りをもって生きてきた。
だからこそ、食事は好きなもの(主にデザート)から食べるし、「食わず嫌い!」と嫌味を言われようが、好きなものしか食べないことを貫いている。そのため「後で食べよう」などと小分けにすることもないので、たとえ減量中であろうが、腹がはち切れんばかりに膨れたとて悔いはない。
なんせ「もしも大地震に見舞われたら」「もしも東京が津波で全滅したら」「もしも誰かに殺されたら」と考えると、なにかを残したり守ったりする意味などないからだ。
そんな想いを胸に日々生きるわたしにとって、些細な選択であっても人生を賭す覚悟で決めている。だからこそ、今回の「やらなかった」後悔は、わたしの根源を揺らがす結果となってしまったのだ。
ここまで引きずる後悔とはなんなのか——。それは、眼鏡をメガネシャンプーで洗わなかったことである。
*
あの時、確かにわたしは迷った。
(・・ものすごく汚いわけではないが、光に透かすと脂汚れが確認できる。とはいえわざわざ洗うまででもないから、メガネ拭きでコスコスすればいいか)
深夜に突如、近所に住む美魔女による襲撃予告を受けたわたしは、身だしなみを整える時間もないので、せめて眼鏡くらいは気にしておこうと思ったのだ。
わたし自身、他人の眼鏡の汚れをチェックしているわけではないが、至近距離に顔面があればレンズの状態は気になる。そもそもレンズが曇っていれば、装着者自身にとっても見づらいため、マメにメガネクロスで拭くのが普通。だが中には、皮脂汚れまみれの白く濁ったレンズで、平気な顔をしている不潔な輩も存在する。
また、鼻の低いわたしなどは、まつ毛やまぶたがレンズに当たることがあり、そのせいでレンズの内側が皮脂で汚れてしまうのだ。そのたびにメガネシャンプーで洗浄するわけにもいかないので、ある程度まではメガネクロスで拭き取りつつ、汚れがひどくなった時点でメガネシャンプーを使い、鼻当てやツルの部分までピカピカにするのである。
ちなみにわたしは、外出時はコンタクトレンズを装着している。極度の強度近視ゆえに、眼鏡で外を歩くのは危険すぎるからだ。なぜなら、分厚いレンズの湾曲のせいで四角い階段が丸く見えたり、矯正視力で0.4程度なので標識やランドマークの判別ができなかったりするからだ。
そのため、わたしの眼鏡姿を知る者は少ない。その数少ない人物の一人が、わが家を訪れたことのある美魔女なのだ。
"親しき中にも礼儀あり"という諺もあるわけで、わざわざ深夜にわが家を訪れる彼女のためにも、清潔感のある格好で待ち受けたいもの。とはいえ気合を入れた外出着に身を包むほどの間柄でもないので、せめて眼鏡の曇りくらいは除去しておこう・・とわたしは考えた。
だがこのレンズ汚れは、普段ならばまだメガネシャンプーを使うほどのものではない。対面したところで皮脂汚れに気付かれることもなく、レンズを間近で観察して初めて、虹色に光る皮脂の存在を確認できる程度なわけで。
(とりあえず、念入りにメガネクロスで拭けばいいか・・)
こうしてわたしは、メガネシャンプーではなくメガネクロスを選択したのだ。僅かな迷いを抱いたまま——。
*
「URABEって目悪いの?」
美魔女が引き連れてきた手下で、わたしが強度近視であることを知らないオトコが、驚きの表情を浮かべながら尋ねてきた。
「その眼鏡、すごいね。めちゃくちゃ目悪いんじゃない?」
わたしの眼鏡姿を見ると、百発百中でこのセリフを聞くこととなる。
少なくともわたし自身、自分よりも近視の強いメガネの人物と会ったことがないくらい、わたしのレンズは分厚い渦でできている。なんせ、コンタクトの度数を伝えればドン引きされるレベルゆえに、当たり前といえば当たり前なのだが。
そしていよいよ、恐れていた事態が訪れた。
「ちょっとかけさせて!」
——まさか、まさか美魔女が手下を連れてくるとは思わなかった。もしもそれが分かっていれば、着替えもしたし眼鏡も洗っていた。だがまさか、大勢の輩を従えているとは思わず、わたしは普段の状態で玄関のドアを開けてしまったのだ。
しかもよりによって、シャンプーで洗っていない眼鏡を掛けさせることになるとは、想像だにしなかった。もしもそうなる可能性があるならば、当然ながらメガネシャンプーでジャブジャブ洗っていたのに——。
(クソッ! あの時、メガネシャンプーで洗っておけばよかった・・・)
なぜわたしは、メガネシャンプーを使わなかったのだろうか。なぜ、あらゆる可能性を警戒しなかったのだろうか。今となっては過去の出来事だが、それでも未だにわたしの後悔の念は晴れないのである。
あぁ、これからは毎日メガネシャンプーで洗浄してやる・・!!
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