100円のカフェラテ URABE/著

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コンビニという業種が大変だからなのか、それともあの男性の性格なのか、いずれにせよ「小さな親切」に触れたわたしは、Mサイズのカフェラテを啜りながら駅へと歩き始めた。

稼ぎが多いわけでもないのに、自制心が弱いわたしはすぐに欲しい物を買うクセがある。カフェしかり、パンケーキしかり、Amazonしかり。瞬間的な満足を手にした結果、翌月には多大なる後悔に襲われることとなるのだ。

しかしここ最近、わたしの中の理性が「オマエ、さすがにマズいぞ」と騒ぎ始めた。その理由は、毎年4月にまとまったカネが必要となるにもかかわらず、その日暮らしの生活を続けているからだ。

 

個人事業主にとっての「ボーナス」といえば、確定申告による所得税の還付である。毎年、それだけを楽しみにせっせと働いているのだが、「その還付金を無駄遣いしないように」と、税理士が半強制的にマネーロンダリングシステムを発動させた。

小規模企業共済を上限いっぱいで加入させられたり、円建・外貨建保険を契約させられたりと、還付金が丸ごと目の前を通過する仕組みが構築されたことにより、私の無駄遣いはかなり抑えられたわけだ。

 

しかし、支出というのは思わぬところで発生するもの。たとえば住民税であったり、士業登録の年会費であったり、マンションの更新料であったり。

さらにこういうことは、なぜか同時に訪れる。その恐るべきタイミングというのが、4月なのである。

 

(さすがにマズいな、節約しなければ・・)

 

頭ではわかっていても、本能には逆らえないのが人間というもの。マズいマズいと怯えながらも毎日スタバで散財し、予定時刻に遅刻寸前でタクシーに飛び乗る生活を繰り返してきた。

しかし無情にも時は進み、気付けばもう2月。バイトを掛け持つにしても、末締めの翌月払いとなれば、2月に働いた分が3月に支払われるわけだから、急いで職探しを始めなければ間に合わない。それにしたってフルタイムで働かなければ稼げないわけで、どう考えても時間が足りない――。

 

暗い気持ちに押しつぶされそうになりながら、まずはスタバから離れることを誓う。それだけでも、月に10万円は節約できるのだから。

 

有言実行、スタバを横目にコンビニへと向かうわたし。そうだ、いまどきのコンビニコーヒーは、驚くほどレベルが高い。わざわざスタバなどへ行かなくとも、それっぽいスタイルを貫くことはできるのだ。

「いらっしゃいませ~」

中年男性と思しき声が聞こえる。コンビニごときで、入店の歓迎などしなくてもいいのに。そんな悪態をつきながら、ふと見上げた天井にデカデカとこんな貼り紙がされている。

(カフェラテMサイズ100円)

キャンペーンでもやっているのだろうか。Mサイズのカフェラテが、まさかの100円とは。とりあえず、節約も兼ねてこれにするか――。

 

他に買う物もないので、わたしはレジへと向かった。そこには「いらっしゃいませ」の声の主と思われるオジサンが立っていた。

「カフェラテ・・・」

そう言いかけたわたしは、ドリンクメニューにある「ダブルエスプレッソラテ」という文字に惹かれた。

 

エスプレッソがダブルで入っているということは、わたしがスタバでよくやる「トールラテ、ショット追加で」というやつだろう。スタバ信仰を捨てたとはいえ、同じものが飲めるのならば頼まない手はない。

「やっぱり、ダブルエスプレッソラテで」

そう言い直したわたしに向かって、オジサンはこう言った。

「ありがとうございます、230円です」

金額を聞いてわたしは非常に焦った。カフェラテは100円なのに、そこへエスプレッソを追加しただけで130円も高くなるとは。ならばカフェラテを2杯注文したほうが、得ではないか?

 

紙コップを取りに奥へ向かったオジサンの背中に、わたしはこう叫んだ。

「て、店長!ダブルエスプレッソラテは100にはならないんですよね?」

するとオジサンは振り向いて、こう答えた。

「クーポン付きのレシートがあれば、80円引きにはなりますが・・・」

なるほど、そういうことか。元値が180円のカフェラテは、クーポン付きのレシートがあれば100円になる。しかしわたしはそのレシートを持っていない。ということは、カフェラテでさえ180円払わなければならないのか。クソッ・・・。

 

絶望に打ちひしがれたわたしを見ながら、オジサンはゴミ箱を漁り始めた。そしておもむろにこう話しかけたのだ。

「あの、もしよければこれを使って100円にしましょうか」

彼の手には、クーポン付きのレシートがある。思うに、別の客が捨てたレシートだろう。

「え、でもそれはわたしのじゃないし・・・」

なんとなく悪い気がしたので、一度は断ってみる。しかしオジサンは、ハサミでクーポン部分のみを切り取り手渡してきた。

「ありがとうございます。そしたらこれ、使わせてもらいますね」

厚意は素直に受け取ることにしよう。そしてカフェラテの容器と引き換えに100円を払うと、レジからこんな声が聞こえてきた。

 

「クーポンが発行されました」

 

なんという皮肉だ。オジサンの厚意を無駄にするかのような、クーポン発行のお知らせが人気(ひとけ)のない店内に響く。そう、「80円引き」の文字が記載されたレシートを、わたしは再び受け取ることとなったのだ。

「あ、そしたらこれお返しします。ぜひ使ってください」

ちょっといい人ぶって、そのレシートをオジサンに突っ返す。するとオジサンは、まさかの言葉を返してきた。

「内緒だけど値引きの負担は本部がするので、うちの負担にはならないんです。その代わり、次もこのクーポンを使ってカフェラテを購入してください」

まさかのまさか、オジサンは本当に店長だったのだ。調子よく口を突いて出た「店長」のセリフが、まさにその通りだったのだ。

 

「その代わり、他の店では使わないでくださいよ」

 

ニッコリ微笑むオジサンは、もはや気高く尊い店長にしか見えない。

カフェラテが容器に注がれる様子を眺めながら、わたしはこの「優しい奇跡」について思いを巡らせた。コンビニの店長だから、あたりのレシートをくれたのだろうか。それとも、店長の人間性がそうさせたのか――。

 

まぁ、どっちでもいいか。

(了)

 

Illustrated by 希鳳

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