秩父の魅(魔)力

 

秩父という土地は、一言で説明するならば「都会の田舎」という感じである。

池袋駅から特急ラビューに乗れば一時間半で秩父に着いてしまうわけで、距離的にもそこまで苦になる遠さではないが、それよりなにより”街の作り”が非常に見事なのだ。

秩父市の手腕か、はたまた西武鉄道の財力か——おそらく、そのいずれもの尽力によるものだろうが、西武秩父駅から市内や観光名所までの導線確保が完璧であることには、とにかく驚きを隠せない。

 

9年前にリニューアルした駅舎は、墨色を基調とした和風かつモダンなデザインで、駅名のフォントも「AXIS」と呼ばれるスタイリッシュな筆文字が採用されており、完全なる田舎を満喫するというよりは、”都会の要素が散りばめられた、自然豊かな里山を楽しむ”という構想で作られたのではないかと、個人的には想像している。

そして、武甲山や長瀞の岩畳といった圧倒的な絶景に加え、秩父神社や三峯神社のような歴史的パワースポット、さらに羊山公園の「芝桜」や芦ヶ久保の「氷柱(つらら)」など、四季折々の変化が楽しめる観光資源に恵まれた神が与えし土地——そんな、魅力的なエリアが密集する秩父という土地へ、多くの人々が足を運び街中や郊外を歩き回り、自然に触れたり地場産の食べ物に舌鼓を打ったりしながら有意義な一日を過ごすわけだ。

 

しかしながら、わたしが秩父を訪れる理由は観光でもリフレッシュでもなく、仕事である。

秩父にある顧問先を訪れるべく、定期的にこの「都会の田舎」を行き来するわたしは、ある意味「特急ラビューの常連」ともいえる。そして、山登りをするわけでも川下りを楽しむわけでもないわたしは、有り余る体力とエネルギーを温存したまま池袋までの一時間半を過ごすのだが、往復3時間の乗車時間と顧問先でのデスクワークという、長時間にわたる座りっぱなしの影響で腰が悲鳴をあげていたため、散歩がてら車内のトイレへと向かうことにした。

 

最後尾というか先頭車両というか、8号車に陣取ったわたしは4号車と5号車の間にあるトイレまで3つの車両を縦断する必要があった。

ちなみに、西武秩父から池袋へ向かう際には、途中の飯能駅にてスイッチバックが入り進行方向が逆になるため、特急に乗車している客らは発車時点では後ろ向きに進むこととなる。そして、飯能駅を境に前向きになるという、前後二つの乗り心地(?)を堪能することができるのだ。

無論、乗ってすぐに座席の向きを変える者もいれば、団体客がシートを向かい合わせにしてワイワイするなど、必ずしも与えられた進行方向を大人しく受け入れるわけではない。だが、多くの乗客は(座席を回転させるのが面倒ゆえに)後ろ向きで進む環境を受け入れており、8号車から逆走してくるわたしと目が合う形で着席していた。

 

秩父観光を満喫したであろう乗客らは、もはやすることもない車内でただただ時間を費やしているのだが、そこへきて後方車両からの突如の進軍——すなわち、わたしの登場に一瞬ギョッとした表情を見せるのがなんとも面白い。

なぜ車掌の見回りには驚かず、乗客であるわたしが通り過ぎると二度見するのだろうか。池袋までの時間をゆっくり過ごしたいと思っていたところ、「まさかの敵襲来!?」で殺気立ったとでもいうのか。とにかく、わたしと目が合う者は皆、なぜか眼光鋭くキッと睨みつけるのだ。

(後ろ向きに進んでいることで、気が立っているのかな・・)

そんなことを思いながら目的地であるトイレに到着したわたしは、特にすることもないのでとりあえず手を洗ってデッキをウロウロしてから、再び自分の席へと戻るべく5号車のドアの前に立った。

 

そして、ここからの車内の景色が圧巻だったのだ。

 

入り口のドアが開いた瞬間、座席を反転させている乗客らの顔が飛び込んできたのだが、こちらを向いている全員がまぶたを閉じて眠っているではないか。乗客の三分の一くらいが座席の向きを変えていたが、揃いに揃ってすべての者が目をつぶっている光景は、なんとも奇妙であり印象的でもある。

カップルが手を繋いだまま寝ていたり、母親が子どもに肩を貸した状態で爆睡していたり、誰もが幸せそうな寝顔を晒している——ついさっき、トイレへ向かう際には全員が起きていた上に、殺気立った表情でわたしを睨みつけていたにもかかわらず、数分後には真逆の景色が待ち受けているとは、こんな偶然というか不思議な現象ってあるんだろうか。

 

しかも、この光景は続く6号車と7号車でも同じだった。口を開けたまま夢の世界を彷徨う者、飲み過ぎて泥酔したかのような乱れた寝姿の者、静かに目を閉じて瞑想するかの如く眠る者——。そんな彼ら彼女らの脇を通過しながら、ニンゲンの単純さというか日本の平和さというか、ちょっとほっこりする気分を味わわせてもらったわたし。

(きっとこれも、秩父という土地がもたらす魅力・・いや、魔力のせいなのだろう)

 

往路とはまるで逆の、明らかに無防備で幸せそうな乗客らを見降ろしながら、気づけば8号車へと戻っていたわたしなのである。