弁護士の友人から、例のライフル銃所持許可取消処分の取消しを求める裁判の判例を見せてもらったわたしは、フムフムと読み進めていたところ、途中で驚愕の事実(?)にぶち当たった。
それは、この銃取消事件にかかる事実関係の概要の中の一文なのだが、銃を所持する者であれば誰しもが読み飛ばすことのできない衝撃の内容だった。以下、判決文のコピペ。
(中略)
(7)ア 上告⼈は、本件斜⾯の急斜⾯と緩斜⾯の境付近(上告⼈との⾼低差は5m程度、本件市道との⾼低差は3m程度)にいた本件ヒグマが⽴ち上がるのを待った上、本件発射地点において本件ライフル銃を上⽅に向け、弾丸1発を発射して(以下「本件発射⾏為」という。)本件ヒグマに命中させた。この時、上告⼈は、⼄会館と本件建物の間の⽅⾓を狙い、本件ライフル銃を北北東⽅向に向けていた。本件発射地点から本件ヒグマまでの距離は、18m前後であった。
イ 本件発射⾏為の際の本件ライフル銃の位置と本件ヒグマの弾丸が命中した部分とを直線で結んだ延⻑線は、本件市道まで本件斜⾯の地⾯と交わらないか、交わるとしてもごく浅い⾓度であった。本件発射⾏為の当時、本件発射地点と本件建物、⼄会館及び本件物置との間並びに本件ヒグマがいた位置と本件⼀般住宅との間には、弾丸を遮るに⾜りる構造物は存在しなかった。
ウ 本件発射⾏為の際、A職員及びB警察官は、本件建物⼜は本件⼀般住宅の前付近の本件市道上にいた。また、C隊員は、本件市道を進んだ上、本件建物の前付近において本件市道から外れ、本件斜⾯の上⽅に進⼊し、本件発射⾏為の際には本件ヒグマがいた位置より本件市道側(おおむね、原判決別紙3の「○参」付近)にいた。
本件ライフル銃から発射された弾丸は、本件ヒグマを貫通し、C隊員が把持していた猟銃の銃床に当たって貫通した。
・・・いやいや、そんな馬鹿なことがあるかいな!!!
ヒグマを貫通したライフル銃の弾が、C隊員が担いでいた猟銃の銃床(ストックと呼ばれる、銃の根元の部分)を貫通するなんて、それすなわちC隊員も大怪我を負ったか死亡事故につながるじゃないか!!
ちょっと想像してみてほしい。クマを撃ち抜くほどの威力と貫通力のあるライフル弾——サイズ的には、人差し指くらいの大きさの金属の塊が、クマを貫いた後にさらに銃床(クルミ材か合成樹脂)を貫いたとすれば、それすなわちクマの後方にC隊員が立っていたことになる。だが実際にそんなところ——バックストップの存在と、隊員らに安全な場所にて待機するよう指示があったことを前提に——C隊員は立っていなかったわけで、ではなぜそう主張するのかというと、「跳弾が当たったから」だそう。これが、たとえば散弾銃のような細かな粒が跳ね返って当たったならばまだしも、ライフル弾のような極太の弾丸が岩に当たって跳ね返って、それが木製か樹脂製の銃床を貫通したあげくに、銃をしっかりと握っていた本人は無傷・・そんなSF映画みたいな話があるかっ!!
おまけに、銃床を貫通するほどの衝撃を受けて無傷のC隊員も超人だが、その時点では「当たったことに気付かなかった」というのは、さすがに無理がありすぎやしないか??
もはや冒頭部分で驚きと笑いが止まらないわたしは、この事件の本質のようなものを感じずにはいられなかったが、それでもボチボチ判例を読み進めると、
(中略)なお、原判決によれば、C隊員は「本件市道の本件建物の前付近から本件斜⾯の上⽅に歩いて進⼊して本件ヒグマがいた位置より本件市道側にいたところ」(⼀件記録によれば、本件建物は本件市道を挟んで本件斜⾯の反対側に位置している。)、その銃床が本件ヒグマを貫通した銃弾により損傷したことが認定されており、原判決別紙3によれば、C隊員は本件射撃位置の射線⽅向にいたことが認められる。
と、ライフル弾が銃床を貫通したことが認められてしまっているではないか——いやいや、おかしいだろっ!!!
これを認めた裁判官は、銃を知らない人なのだろう。それはそれで仕方のないことだが、常識的に考えて「クマを撃ちぬくほどの威力を持つ金属弾が、勢い余って強固な銃床を貫通したにもかかわらず、銃を抱えていた本人は無傷で、かつ、一カ月後に『そういえば、あのときは気づかなかったけど・・』と、思い出したかのように追加情報を出してくる」なんて、おかしいと思わないのだろうか。
まぁ、裁判官がイマドキの若者だったのかもしれないので、アニメで育った裁判官は「ライフル弾の跳弾(?)が銃床を貫くことはありえるし、そこまで衝撃を感じるものではない」と思ったのだろう。でなければ、普通の感覚で考えればこんなことあり得ないわけで——。
ちなみに、親交のある銃関係者からのネタばらしを聞くと、「あぁ、やっぱりそんな(くだらない)ことだったのか」というような内容・・というか事件の発端だった。
要するに、トラブルというのは得てして身内や仲間内で起きやすい。そして、本当に怖いのは「クマではなくヒト」だということを、この判例から学ぶのであった。











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