あれはおそらく、「柔術をやっていてよかった」と思える最大の瞬間だった。
なぜなら、一歩間違えれば骨折や捻挫を免れない大事故を引き起こすシチュエーションだったにもかかわらず、足首を捻ったり体勢を崩したりしつつも、最終的には見事なコンバットベースによる着地を披露したのだから——。
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駅構内の階段から人が転がり落ちると、それはそれはなんとも不吉で鈍い音がする。しかも、転落の瞬間を見ていなくとも「人間が崩れ落ちた音だ」と分かる、物騒で恐怖を煽る音である。
それがなぜ「恐ろしい音」だと思うのかというと、多くの場合は体調不良だったり酔っぱらっていたりして足元がおぼつかなくなった結果、階段を踏み外して転落するというケースがほとんどなので、やはりなんらかの緊急事態であることを示しているからだ。
そんな事態にわたし自身が陥ることなどないと思っていたのだが、やはり油断は禁物・・というか、歩きスマホは危険だった。なぜなら、「階段はもう終わりだ」と勘違いしたわたしは、あと二段ほどある段差を無視して真っすぐ空中を歩き始めたのだ。
次の瞬間、当たり前のように体は空中から落下し、靴底が触れたのが階段の角だったため足首を捻りながら滑り落ち、にもかかわらず地面に着地した際にはなぜか見事なコンバットベース(正座から片膝を立てた状態)で座っていたのである。
電話をしながら前を歩いていた女性が、ギョッとした表情で振り返る——そりゃそうだ、背後で人間が崩れ落ちる音がすれば、何事かと振り返るのは当たり前の反応。そんな彼女に向かって「すみません」と、なぜか顔の前で手を合わせて謝罪をするわたし。
しかも面白いことに、肩に掛けていたバッグはそのままで、手首に引っ掛けていたスマホも(地面に叩きつけはしたが)無事。ただ、物騒な音をたてながら転落するも、コンバットベースからスクッと立ち上がる・・という、割とよくある光景が再現されたのだ。
(あぁ、柔術のクラス前にやる準備運動の、コンバットベースを再現したのか・・)
いつぞやの日曜日、普段ならば回転運動などで体を慣らすところ、その日は「準備運動のムーブについて細かく見直す」という時間になった。
その中で、”コンバットベースにて起き上がるムーブ”の際に、先生から「(コンバットベースを取ったら)胸を張るように上体を起こして、相手に向かっていく意識を持って」とアドバイスをもらったわたしは、その指示通りにコンバットベースすなわち片膝を立てて座ったら終わり・・ではなく、さらに前へ向かっていく意識で体を起こすようにした。そして何度も何度も、その意識でコンバットベースを繰り返した。
その結果、階段から転落してもなお、コンバットベースにてしっかりっと着地をとった瞬間に、何事もなかったかのようにスクッと立ち上がることができたのである。
完全に無意識ではあるが、「手すりにつかまろう」とか「手をついて体勢を整えよう」などとは思わず、なるべく広い面を使って着地することで衝撃を緩和し、なおかつ、すぐさま臨戦態勢に入れるように片膝を立てておく・・という意識および姿勢を、自ずと繰り出していたことには驚いた。
ヒトは、考える余地などない瞬間的な出来事に遭遇した際、無意識に日頃から慣れ親しんだ行動をとる傾向にある——そういえば数年前、酒を飲んで温泉に入った際に貧血を起こし、御影石でできた床に頭からぶっ倒れたわたしは、まさかの無傷だった。
全裸で勢いよく卒倒したというのに、頭にはコブもないし全身どこを探しても打撲や擦り傷はなかった。翌日、脳のMRIを撮るも異常なし。おまけに、わたし自身どこにも痛みや違和感を覚えていないのだから不思議というか恐ろしくなった記憶がある。
(あれも結局のところ、無意識に受け身をとった・・ということなのだろうか)
とにかく、柔術をやっていると「まさかのアクシデントの際に、無意識に身を守る術が身につく」というのは、どうやら事実の模様。
いかんせん、昨日の階段転落により右スネにアザはできたが、それ以外はなんら絶好調のわたしが言うのだから、間違いないだろう。










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