樹上完熟、いちごの最高峰ここにあり!

 

練馬区・石神井公園でいちご農園を営む友人の元を訪れた際に、「育てたいちごを海外へ出荷している」という話を聞いて、わたしは驚いた。

なぜなら、いちごほど輸送に神経を使う果物はないはずなのに、それが東京を飛び出て海外へ運ばれるなんて、どう考えても無理な芸当である——あ、もしかして白いうちに摘んで追熟させるのか?

 

「いちごは、完熟でなければダメなんですよ。収穫したら最後、それ以上甘くなることはない」

なんと、いちごは茎から離れた時点で甘さが確定する果物なのだ。あぁ、だから見た目が若くてシャキシャキな歯ごたえの個体を、いくら寝かせたところで甘くも美味くもならなかったのか・・。

 

そんな箱入り娘である完熟いちごを、飛行機に乗せて異国の地へ届けるというのは、さすがに無理があるのではないかと思ったのだが、どうやら「逆に、いい状態で輸送できる」のだそう。

練馬区から空輸となると、最寄りは羽田空港。よって、いちご農園からサッと羽田空港まで運んでもらい、空港にて青果物の専用コンテナへ移し替えて目的地までひとっ飛び・・という流れ。

 

ちなみに、いちごにとっては「空輸ほど安全で快適な移動方法はない」とのこと。

むしろ、不安定な路面を長時間ガタゴト揺られたり、配達員がいちごの段ボールを抱えて走ったりすることで、いちごは一瞬にして傷んでしまう。そんな”人的リスク”を踏まえると、安定した状態で適切な温度を保ったまま運べる「空輸」という手段は、最も安全かつ信頼できる輸送方法なのだ。

 

それゆえに、懇意にしている運送会社・・中でも「担当者の人間性」が重要となるのは想像に難くない。

農家がベストな状態で収穫した完熟いちごを、集荷担当が乱暴に扱えばその時点でアウト——せっかくの取引が破談となる可能性すらある。無論、いちご農家→集荷(業者)→空輸までが完璧であっても、最後の「配送」で台無しにされることもあるだろう。よって、いちごにかかわる者すべての人間性が問われる・・というのが、最高のいちごを食卓へ届けられるか否かの決め手となるのだ。

 

さらに、こんな話も聞かせてくれた。

「過去に、イギリスの業者から『完熟より少し手前の状態で送ってほしい』と依頼されたことがあった。でも、ウチではそれはできないので断りました」

 

完熟した時点で収穫したいちごをヨーロッパへ届けるとなると、やはりそれなりの時間が必要となる。当然ながら、先方も「少しでもフレッシュなイチゴ」を期待しているわけで、だったら完熟前の若いいちごを・・と考えるのも無理はない。

だが、それこそが素人の浅知恵である。冒頭で触れたとおり、いちごが追熟することはない。一度摘み取ってしまったら、もう二度と甘みがもたらされることはないのだから、早めに収穫したいちごはすなわち「不完全な商品」となり、それを届けるというのは、いちご農家のプライドに賭けてもできないのだ。

 

それにしても、海外の人々が空輸してでも「日本のいちご」を求める現状というのは、日本のいちごがそれ相応の美味さと品質を誇る証であり、まさに奇跡の逸品であることを物語っている。

ホールフーズやウォルマートなど海外のスーパーマーケットに並べられているいちごは、日本人からすると「これがいちごなの?!」と驚くくらい小粒で硬い。おまけに、甘いどころかめちゃくちゃ酸っぱくて、とてもじゃないが「美味しい」とは言い難いものばかり。

 

まぁ、向こうの人たちはいちごをダイレクトに食べるというより、ヨーグルトやシリアルに混ぜたり、ジャムやコンポートにすることで甘みを加えたりして、食べやすい状態にするのが一般的なので、「硬くて小さくて酸っぱいいちご」で十分なのかもしれない。

だからこそ、日本のいちごを食べたらびっくり仰天だろう。「これが、同じいちごなのか?!」と——。そのくらい、日本のいちごは神のような存在であり、他の追随を微塵も許さない、超ハイレベルな奇跡の果物なのである。

 

 

というわけで、都内近郊で暮らす者にはぜひ一度、「加藤農園のいちご」を味わってもらいたい。

徹底した樹上完熟と収穫のタイミングを限界まで遅らせた”あまどりいちご”は、その美味さにファンがつくほどの絶品。そんな贅沢ないちごを、練馬区で簡単に味わうことができるのだから、足を運ばない理由はないだろう。

 

果物も野菜も、世界屈指の美味さと品質を誇る日本だからこそ、われわれ国民は本物の美味さを嗅ぎ分ける嗅覚と舌を磨かなければならない。

こればかりは、実際に手に取り口にしなければ覚えることのできない感覚であり、どれほど”頭のお勉強”をしたところで、永遠に触れることのできない体験であり価値だからだ。

 

とくに若い世代には「本物の美味さ」を知ってもらいたい。

果物でも野菜でも肉でも魚でも、良質なものは美味い——そんな当たり前のことを、自らの五感をもって覚えてもらいたいのである。