見た目からして輩っぽいわたしは、日本人特有の奥ゆかしさや清楚さといった”大和撫子の魅力”とは無縁である。それはそれで仕方のないことだが、とはいえ日本を訪れる韓国人や中国人から、なぜか「同胞」と間違われることがあるから不思議である。
自分で言うのもなんだが、言葉で表すならば態度やオーラが「図々しい」「太々しい」ゆえに、謙虚さに欠けるこいつは日本人ではない・・と思われているのだろうか。しかしながら、こちらはただ堂々としている——いや、そんなつもりも毛頭ないので、単に静かに呼吸をしつつその場に佇んでいるだけなのだが、なぜか同胞らに”母国語”で話しかけられる機会が多いのである。
そんな経験が自信につながった結果、面倒くさそうな日本人に絡まれた際にはハングル語や中国語で反論し、「あぁ、こいつ日本人じゃないのか」と勘違いさせる作戦を発動させるようになったわたし。
それにしても、相手にされないというのはこういう時には便利なもので、本来ならば嚙みついてなんぼだが、面倒な野郎に絡まれたら日本語が分からないフリでスルーするのが一番。
ところが、時に「困った状況」へと発展することもある。
それは、ハングル語で見事に交わしたはずが、相手がまさかの韓国人(あるいは在日韓国人)で、ハングル語でさらに話しかけられたときだ。
相手が日本人ならば、ちょとばかり流暢なハングル語で自己紹介でもすればビビッて消えるわけが、被せるように流暢なハングル語で・・かつ、目を輝かせながら畳みかけられると、そこはもう謝るしかないわけで——。
よって、最終的な決め台詞としては「저는 재일교포인데 한국어 못 해요(在日韓国人なんだけど、韓国語はできないんだ)」に落ち着いたのである。
(だったら日本語しゃべれるだろっ!? という突っ込みは置いておいて・・)
*
そんなわたしは、とある東北地方の温泉宿に来ている。所用があっての滞在ではあるが、大浴場で温泉を満喫する女性客らを観察していたところ、その大半が韓国人観光客であることが発覚。
無論、国籍がどこでもまったく構わないのだが、やはり文化の違いなのだろう。行動や言動(そもそもハングル語なので、違いが分かって当然だが)を一目見ただけで、その者が日本人か否かが分かってしまうから恐ろしい。
というわけで、わたしは彼女らの近くでひっそりと湯船につかり、なんらかのアクションを確かめることにした。
具体的には、複数ある露天風呂の一つを占拠している韓国人観光客と同じ浴槽に入り、5人の韓国人+謎の輩(わたし)という構図を整え、「なんでアタシたちしかいないこの湯船に、見ず知らずの輩が入って来るのよ?」と思わせた後に、「ん・・もしかしてコイツ、同胞なのかしら」と不意に悟らせる作戦だ。
他の湯船には、一人または二人で訪れた日本人が浸かっており、大声でハングル語が飛び交うこの湯船を冷ややかな目でチラ見している——確実にわたしも、この団体の仲間だと思われているな。
それにしても、持ち込んだバスタオルを広げてその上に大の字で寝転んだり、湯船の周囲に置かれた岩の上に腰掛けて演説を繰り広げたりと、国籍で区別するわけではないが日本人はあまり好まないであろう行動を普通にとるから面白い。
とはいえ、ラーメンやお茶をすする際に日本人ならば音を立てるのと同じで、自国ではそれが普通であり失礼には当たらない行為であっても、他国や世界的にはマナー違反とされる行為は多々ある。
だからこそ、我が家のように傍若無人な振る舞いを見せる韓国人のことを「悪い」とは思えず、むしろ「これこそが、異文化交流ってやつだな」などと冷静に観察を続けるのであった。
そして待つこと10分、いよいよその瞬間が訪れた。
最初からずっと彼女らの会話に聞き耳を立てていたわたしは、とある単語を聞き漏らさぬよう神経を研ぎ澄ませていた——それは、「일본 사람일까(日本人かしら)」というセリフである。
こちらをチラ見しながらのその発言であれば、間違いなくわたしについて話していると確信できるので、この時が来るのを今か今かと待ちわびていた。そしてついに、一人の女性の口からこのセリフが漏れたのだ。
(キターー!!!)
手ぐすねを引いて待っていたわたしは、次の瞬間、例の”決め台詞”を吐いてやった。
「저는 재일교포인데 한국어 못 해요(在日韓国人なんだけど、韓国語はできないんだ)」
すると、別の女性が今度は英語で話しかけてきた。しかも嬉しそうな表情で、矢継ぎ早に質問を投げてくるではないか。
ちなみに、その他の女性たちも目を輝かせながらわたしを見守っており、異国の地での”まさかの同胞との出会い”に、喜びを隠せない様子——ま、マズいぞ。これじゃあわたしが悪者で、彼女らを騙しているみたいじゃないか。
奇しくもわたしは、ハングル語を正確に発音することができる。なぜなら「ハングル語が読めるから」だ。読み方のコツというかパッチム(終声)を理解しているので、間違いなく正しいハングル語が発音できる上に、それっぽい雰囲気で話すとあたかも韓国人のように見えるのだ。
しかも、「日本に長くいるせいで、ハングル語が話せない」というリアリティー溢れる嘘まで用意しているので、それ以上の会話に引っ張り込まれることもないという、天性の悪人っぷり。
(ダメだ・・彼女らを騙したままこの場を去ることはできない)
最終的には、毎回「自分は日本人であり、ちょっとだけハングル語が読めることと韓国が好きなことから、思わず嘘をつきました」と、真相を白状して謝罪するのであった。
あぁ、会話は弾まないほうが安全である——。











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