(うーん、気になる・・・)
ニットやパーカーの袖口から指先だけが出ているファッション、すなわち「萌え袖」と呼ばれる着こなしが存在するのであれば、ズボンだって長すぎるくらいが可愛い——とはならない。
その理由として、手先が長い分には必要に応じでめくるなり折るなりすればいいが、ズボンの裾が長いとなると、地面に着くことで汚れたり破れたりする恐れがある上に、サンダルなど履いている日にはインソールと踵の間へズボンが入り込んでしまい、常時裾を踏みながら歩くことになるからだ。
そして今、萌え袖ならぬ「萌え裾」状態のわたしは、ワイドパンツの裾を踏みながら歩いていることが気になってしかたがない。とはいえ、わざわざベルトを着用してまで履きたくはないので、こうなったら裾を折るしかないか——。
ところが、硬めの生地でできているズボンの裾を折ると、なぜかそこだけ「厚紙を折り返したかのような違和感」が生じたのだ。最初のうちは気にせず闊歩していたが、一歩踏み出すたびに視界の隅に入る「クラフト紙の折り返し」は、思っている以上に気になる存在——やめよう、これならまだ踏むほうがマシだ。
実際には、歩くたびにズボンの裾を踏み続けるのと、折り返しが気になったとしても裾を保護するのとでは、どう考えても後者を選択するべき。だが、一度気になるとそのことが頭から離れなくなる傾向のわたしは、「モヤモヤするくらいなら、ズボンの破損もやむを得ない」という、なんとも乱暴な判断を下したのである。
とはいえ、さすがに裾上げまでしたズボンを無下に扱うのは——そう、このズボンは「わざわざ裾上げに出して長さを調整したオートクチュール」なのだ!——、どこか許せない気持ちになる。かといって、裾上げしてからまだ一回しか履いていないというのに(その時は、ベルトを巻いて履いた)、再び裾上げをするというのも・・ちょっと気恥ずかしいしカネの無駄にも感じる。
そんな葛藤と戦いながら歩いていると、わたしはいつの間にかリフォームの店の前に立っていた。
顔なじみの店主は、わたしを見るなり「あら、どうしたの?」と驚きの表情を見せた。そりゃそうだ、つい先日お直しのズボンを受け取ったばかりなのに、そのズボンを履いて現れただけでなく「もうちょっと短くしてほしい」などと言うのだから。
そして、店主にここまでの経緯を話したところ「たしかに、サンダルだと踵で踏んじゃうわよね」と、哀れな常連客を慰めつつ数センチ折り返したところに待ち針を刺すのであった。
こうして、「余計な時間と出費」という無駄な痛手を繰り返したわたしは、「でもこれで、ようやく”まともなズボン”になるわけだ」と、高級オートクチュールと化したワイドパンツを見下ろしながら、ふと思った——で、わたしはいったい何を履いて帰るんだ?
そう、リフォーム店に来るつもりで家をでたわけではないので、履いて帰るズボンなど持っていない。かといって、ユニクロの「エアリズムシームレスショーツ(要するに下着)」一枚で白金を歩くのは勇気がいる。ならば、トレーナーの裾を引っ張って伸ばして、それこそ「萌え裾」状態にすれば・・イケるはずもない。
だがその時、わたしにはまさかの便利グッズがあることを思いついた。それは——道着のズボン(使用後)である。
わたしは、ついさっきまで柔術の練習に参加していた。そのため、びしょ濡れではあるが「道着」という立派な着替え(?)を持ち歩いていたのだ。しかもラッキーなことに、本日の道着は黒色のため、それこそ洒落たコットンパンツに見えなくもない。
こうしてわたしは、汗で湿っている道着のパンツ(使用後)を履いて帰宅の途に就いたわけだが、そもそもKEENのサンダルにラフな上着という装いのため、むしろこの道着のパンツがドンピシャでフィットしている。なんなら、カジュアルなオシャレ上級者の雰囲気すら醸し出しており、恥ずかしさなど皆無。
おまけに、気温20度を超える屋外をウロウロするうちに、濡れた道着はあっという間に乾いてしまい、まるでこの姿で家を出たかのように馴染みまくっているではないか。
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なにが言いたかったのかというと、「今の時期、いや、これからの季節は濡れた道着もすぐに乾く」という、安心と感動を伝えたかっただけである。











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