弘法も筆の誤り、元バリスタも注文を誤り。

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なにを思ったのか、わたしは突如"イメージ"でコーヒーのオーダーをしてしまった。

日頃からコーヒーのカスタマイズに心血を注ぐわたしは、何が何でも「メニュー通りのオーダーなどしてやるものか!」と躍起になっている。そのため、イチイチ手間のかかる注文をするわけで、カフェのスタッフにとっては確実に「めんどくせぇ客だな」と認識されているはず。

 

かくいうわたしはその昔、某フランチャイズのカフェで働いていたことがある。社労士試験にギリギリで合格したわたしは、クライアントゼロ・実務経験ゼロの状態で無謀にも開業したため、日々仕事のない毎日を過ごすこととなったのだ。

しかしこのままでは家賃も払えないわけで、いくつかの仕事を掛け持ちながらクライアントが現れる日をボーっと待ち続けたのである。

そのバイトの一つが、カフェの店員だった。言うまでもなく当時から、暇さえあればカフェインを爆飲していたわけで、大好きなコーヒーにまみれて過ごせる環境というのは願ったり叶ったり。そのため、朝7時からコーヒー豆を挽いたりミルクをスチームしたりと、今まではやってもらう側だったわたしが、今度は作る側の人間になったわけだ。

 

店舗によって顧客の顔ぶれは変わるもの。わたしがバイトをしていた店舗はオフィス街にあったため、朝の時間帯はドリップコーヒーのオーダーが途切れることがなかった。さらに、マイタンブラーを持参する人やドリップにハチミツをかける人など、単なるドリップでは引き下がらない「こだわりの客」も多かった。

まれに珍しいカスタマイズを頼まれると、「どんな味になるんだろ?」ということで、休憩時間に自分用のドリンクとして再現してみるなど、顧客からアイディアをもらうことも多かった。

 

そんなこんなで一通りのカスタマイズに挑戦し尽くしたわたしは、頭の中で味の組み合わせがイメージできるほど、ミルクの種類もシロップやソースの味もすべて把握していたのである。

 

 

(カフェミストの"アイス"が飲みたい気分だな・・)

今日の気分は、アイスコーヒーに無脂肪乳を加えたシンプルなコーヒーで喉を潤したい感じだった。

スターバックスにおいては、ホットのドリップコーヒーにスチームミルクを注いだものを「カフェミスト」と呼んでいる。ビターなコーヒーに飽きたならば、お口直しにカフェミストというのもオツなもの。

 

ちなみに、カフェミストはホットのみでアイスは存在しない。スタバもタリーズも、カプチーノとカフェミスト以外はいずれも「ホット」「アイス」の選択が可能だが、この二種類だけは"ホット限定"なのだ。

とはいえ、アイスのドリップコーヒーにミルクを追加すれば、とどのつまりは「アイスカフェミスト」の出来上がり。またの名を「アイスカフェオレ」というわけで、これこそが今のわたしが求めるドリンクである。

(・・でもドリップも頼んだし、ならばコーヒーをエスプレッソにして、つまりアイスアメリカーノにミルクを追加すればいいんだ!!)

脳内CPUが「完璧」をはじき出した。よし、これでいこう——。

 

キャッシャーの女の子は、まだ日が浅いアルバイトの模様。わたしが告げるオーダーを、疑いもなく素直に一つずつ入力していく。

「グランデサイズのアイスアメリカーノ、氷なし、無脂肪乳を追加ですね」

——そうそう、いい感じだ。

 

そして受け取り場所となるカウンターでYouTubeを見ながら時間を潰していると、バリスタ(コーヒーを淹れたり飲み物を作ったりする専門家)の男性が、申し訳なさそうに声をかけてきた。

「お客さま、アイスアメリカーノは氷無しができないのですが・・・」

——え?なに言ってんの??と言いかけた口をつぐむと、わたしは今一度バイト時代を思い返した。

通常のアイスアメリカーノは、氷を入れたカップに熱々のエスプレッソを注ぐことで、氷が溶けてちょうどいい量となる。だが、冷たすぎるドリンクを嫌う顧客に対して、氷の代わりに水を注ぐことで「ぬるめのアイスアメリカーノ」を作って出していた。つまり、氷無しでも作れるはずなのだ。

 

「あの、こちらはアイスラテの氷無しではダメですかね・・・」

その言葉にハッとした。——問題は氷の有無ではなく、わたしの注文内容にあったのだ。

アイスアメリカーノは、エスプレッソと氷または水でできている。そしてアイスラテは、エスプレッソと冷たい牛乳に氷を入れることで完成する。つまり、アイスラテの氷無しを注文すれば、それこそがわたしの求める"カスタマイズドリンク"なのではないか・・ということだ。

 

——まさにその通りである。ドリップコーヒーに冷たいミルクを注げば、アイスカフェミストができる。だがドリップではなく、エスプレッソに冷たいミルクを入れるならば、普通に「アイスラテ」を注文すればよかったのだ。

 

カッコつけてややこしいオーダーをしたせいで、別途ミルク代55円が発生した。よって、素直にアイスラテを注文するよりも10円くらい損したことになる。

さらに、アイスドリップにミルクを追加するのは無料のため、味の違いもわからない貧乏人のバカ舌が、わざわざエスプレッソを選ぶ必要などなかったのである。

 

 

こうして、普通に「グランデサイズのアイスラテ、氷無し、無脂肪乳に変更」を注文したことになったわたしは、元・店員として恥ずかしい思いをしたのであった。

 

サムネイル by 希鳳

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