目黒不動のブーランジェリー(パンの店)

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初めて訪れる場所や馴染みの薄い街でやることといえば、なにを隠そう「カフェ探し」と「パン店探し」である。そしてこの場合、味の優劣よりもいかに地元を象徴しているかが重要となる。

無論、好みの味であればなおさらラッキーだが、仮にそうでなくともカフェやパン店で舌鼓を打つことができれば、それだけで幸せな時間を過ごすことができる。そのくらい、わたしにとって珈琲とパンは日常的であり、かつ、特別な存在なのだ。

 

そして今日、久しぶりに訪れたピアノスタジオノア目黒不動前で小一時間ほど練習した後に、少し紫外線を浴びようとその辺りをブラブラしてみた。

ピアノスタジオノア目黒不動前は、東急目黒線・不動前駅の目の前にある。そのため、いつも改札とスタジオの往復しかしていなかった。だが、ゆっくりと商店街を歩きながら周囲の店を覗いてみると、魅力的な飲食店が多いことに驚かされた。

ケーキ店、蕎麦店、定食店、青果店、肉店などなど、地域の住民に愛されているであろう個人店が軒を連ねている。土地開発により様変わりした我が街・白金と違い、どこか昭和の香りが漂う懐かしい街並みが「不動前」というわけだ。

 

駅を通り過ぎてしばらく道なりに進むと、左手に小さなパン店を発見。ブーランジェリー・アローという名のその店は、大人が四人も入れば身動きがとれなくなるほどの小さな店だが、綺麗に陳列された商品は選びやすく、店内の狭さが逆に親近感を抱かせる。

ドアを押し開けると中へと歩を進めるわたし。そこはまるでパンのおもちゃ箱のような空間が広がっていた。

 

カラフルな惣菜パンやふっくらとした菓子パンもそそるが、なによりもハード系とパンドミ、食パンのラインナップに目を奪われた。

作り手の性格や人となりが現れるのが、これらのシンプルなパンである。そして、小ぶりで食べやすいサイズのパンに目を細めながら、わたしは片っ端からトレーにのせた。

——トングで挟んだ感じはそこまで硬くない。よって、手でちぎって食べられる手ごたえだ。うん、店を出たらすぐにちぎり食いしよう。

 

夕方という時間的なものも関係しているのだろう、パンの残りは少なくなっていた。もうすでに品切れの商品もいくつかあり、この店の人気ぶりがうかがえる。

トレーに山積みにされたパンたちをレジへ運ぶと、年配の女性が笑顔で待ち受けていた。わたしの親世代くらいだろうか、それでもさすがは都会のご婦人。清楚なメイクと気品漂う顔つきは、若かりし頃のモテ具合いを物語っている。

「たまたま立ち寄ったんですが、こんな美味しそうなパン店を見つけられてラッキーでした」

会計を待つ間、世間話の一環でそんな言葉を投げかけたわたし。すると彼女は目を輝かせながら、

「まぁまぁ、そうでしたか。ありがとうございます。ここのパンはすべて、娘が一人で作っているんですよ」

と、嬉しそうに話してくれた。

 

なるほど、娘さんがつくっていたのか——。どのパンもシンプルで、華美な施しはされていない。おまけに、サイズ感も含めてとても丁寧に作られており、どことなく優しさを感じるのだ。これらは間違いなく、女性が作ったパンだと想像できる。

「ハード系が得意なんです、ぜひ味わってみてくださいね」

おぉ、なんというラッキー!わたしが目を付けたハード系のパンが自信作という、有益な情報を手に入れた。そうだろう、そうだろう。ハード系パンたちがわたしを呼んでいたのを見逃さなかったからな。

 

ブーランジェ(パン職人)である娘の母と、他愛もない話で盛り上がるわたし。彼女もかつてピアノを習っていた過去があるらしく、芸術的(?)な話題から格闘技の話まで、たまたま顧客の来店がなかったため楽しくおしゃべりをさせてもらった。

「また来てくださいね」

穏やかな笑顔でわたしを見送る、ブーランジェの母。まだパンを満喫していないが、それでもまた、必ず来ようと誓うのであった。

 

 

改めて思うのは「食べ物は味だけでは決まらない」ということだ。そこに関わる人間や環境すべてが、食べ物を形作る要素となるのである。

そんな食べ物との出会いこそが、最強の食通でありグルメを名乗れる証といえるだろう。

 

サムネイル/ブーランジェリー・アロー

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