上あごの惨劇に終止符を打ったのは、軟膏。

 

痛みに強いわたしは、滅多なことでは痛み止めを服用しない人生を送ってきた。とはいえ、無理に我慢しているのではなく、とくに必要性を感じないから薬に頼らず生きてきたのだ。

 

たとえば骨折や靭帯損傷の際など、体を動かせば常に痛みを伴うわけで、普通ならば痛み止めを飲んで「少しでも楽になりたい」と考えるが、わたしは違う。

骨が折れたり靭帯を損傷したりすれば、その箇所が傷むのは当然のこと。つまり、痛いのが当たり前なのだからなにも大騒ぎする必要はないし、その痛みを受け止めながら過ごすのが自然だと考えているのだ。

 

痛みや苦しみ、悲しみ、絶望、嫉妬、自己嫌悪——ネガティブな感情は様々だが、その都度薬を使って開放されていたのでは、なんというか成長がないではないか。それらの感情や経験を真摯に受け止めつつ、一歩一歩前へ進むのがヒトに与えられた試練であり、あるべき姿なのだと思うわたしにとって、怪我の痛みごときでは大したインパクトを感じない・・というわけだ。

 

とはいえ、頸椎ヘルニアで首を傷めたときは、最初のうちはさすがに痛み止めを二種類飲んでいた。だが、ある時体重計に乗って驚いた。なんと、体重が2キロも増えているではないか!? その理由は、食べ過ぎや運動不足によるものではない。薬による肝機能の低下で体が水分を排出しなくなり、そのせいでみるみる体重が増えていったのだ。

これを機に、わたしは鎮痛剤の服用を放棄した。体重が増えたことが怖かったのではなく、ここまで水分を溜め込んでしまうほど、内臓に負担をかけている事実が恐ろしかったからだ。

 

QOLを上げるには「不要な痛みは取り除くべきだ」という考えに賛同する一方、ある程度の痛みは許容する勇気というか覚悟を持つことも大事だと思う。

なんでもかんでも痛み止めを使って逃げていたのでは、その瞬間や表面的には安堵や満足を得られるかもしれないが、内臓への影響という見えないリスクを爆上げしていることも理解しておかなければならない。

リスクやデメリットのない薬なんて、この世に存在しない。効果が出るということは、それなりに副作用や負担をかける可能性があることを意味するからだ。だからこそ、必要最低限の服薬で苦痛をコントロールするべきだし、できる限り薬に頼らずうまく過ごすことが重要だと思うのである。

 

——そんなわたしは今、必死に軟膏を塗りたくっている。こんな便利な薬が存在したなんて、今の今まで知らなかった。知っていたらもっと早く手に入れていたのに!!

 

我が上あごは、現在、やけどにより酷い状態に陥っている。なぜやけどをしたのかというと、行きつけのパン店で購入したアボカドとチキンのタルティーヌ(スライスしたバゲットの上に具材を載せた、フランス式のオープンサンドイッチ)を、レンジで加熱してから齧りついたところ、具材であるアボカドやチーズがめちゃくちゃ熱くなっており、それらが上あごに付いた瞬間に「熱っ!!」となったのだ。

にもかかわらず、あまりの美味さにがっつきが止まらず、そのままバゲットへガジガジと齧りついたところ、レンチンのせいで硬くなってしまったバゲットが、やけどにより負傷している上あごに突き刺さり、さらなる悲劇を招いた。

当然ながら上あごの皮膚や粘膜は剥がれ落ち、我が口腔内は惨状と化した。にもかかわらず、タルティーヌを手放せないわたしは意地でも食べ尽くした。加えて、もう一種類「エビマヨのタルティーヌ」にも手を出してしまい、ただでさえやけどで大変な状態になっている上あごを、さらに痛めつける結果となってしまったのだ。

 

その後は、生き甲斐でもあるコーヒーを飲むにも、大好物のカレーを食べるにも、上あごに沁みて激痛が走るため、何かを飲み食いすることがまるで楽しくなくなった。そんな折に歯科クリニックにて定期健診を受けたわたしは、

「あぁ、ここやけどしてますね。そしたら軟膏縫っておきますね」

という天使(歯科衛生士)の声に目を丸くした——え・・そんな素晴らしい薬があるのか?!

 

与えられた秘薬は、デキサメタゾンという口腔用の白い軟膏剤。副腎皮質ステロイドの抗炎症作用により口腔内の炎症を抑えるもので、今回のようなやけどの他にも、口内炎や舌炎などの治療に用いられる。

この軟膏、不思議なことに唾液と混ざるとジェル状に固まり保護膜を形成するのだ。とはいえ、舌で触れたりつついたりすると剥がれてしまうので、しばらくはポカンと口を開けていなければならないが、この軟膏を塗付した後の回復の速さたるや!! さっきまで、飲食物が口腔内に侵入するだけで激痛に見舞われていたのが、軟膏を塗って小一時間が経過する頃には、ヒリヒリと焼き付くような痛みが少し治まっている(ような気がする)ではないか。

これならば、デカい野菜と肉がゴロゴロ入ったカレーもイケる気がする——。

 

 

というわけで、場合によってはさっさと薬に頼るほうが、人生を無駄にすることなく満喫できるということを、ついさっき知ったわたしなのである。